タダでは帰らせない獣医

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これは今はなき、飼い犬クマの話である。 クマはメス犬で、全身赤茶けた毛のおとなしい雑種である。 子犬のとき、見た目がクマみたい、という理由で母が名付けた犬である。 ある日、クマがご飯もたべずぐったりしていた。 しばらく様子を見ていたが、ご飯や散歩に、喜ぶ気配もないので、 私は初めて動物病院につれていくことにした。 そこは古びた動物病院だ。 医者も古びたおじいちゃんで、80歳は超えていそうだ。 動物病院というと、若い方が経営しているおしゃれなイメージがあり、 私はがっかりしていた。 さて、クマの診察である。 「犬の名前は?」とおじいちゃん先生。 「クマです」 「は? クマ?」「はいクマです」「クマ?」「はい・・・クマですが・・・」 耳が遠いのだろうか。 まさか犬の名前で聞き返されるとは思っていなかった。 もっとおしゃれな名前にすればよかったのだろうかと思った。 クマはおとなしく床に伏せていて、騒いで吠えることもしなかった。 「犬を仰向けにさせて」とおじいちゃん先生。 さっきクマといったのになぁ・・・私はクマを仰向けにした。 クマは腹の部分が白く、両手両足をまげてなすがままだ。 もう好きにしてください、といういさぎよい顔をしていた。 おじいちゃん先生はクマのおなかに聴診器をあてたり、触診した結果、 わずか数分で「異常はありませんね」といった。 私はじゃあ帰りましょうとクマを抱えると、 「待ちなさい」と呼び止められた。 ぼやっとしたおじいちゃんの目がキラリと光ったような気がした。 おじいちゃん先生はおもむろに引き出しから、小瓶を取り出した。 「これを毎日飲ませない。長生きします」という。 話を聞くとそれは栄養サプリメントで、薬ではない。 食事の際、ソーセージなどにしのばせて飲ませるのだそうだ。 値段は1万円という。1万円・・・。 そうか、タダでは帰さんというわけか・・・ しかたなくそれを買った。 家に帰ってから母に説明し、 クマの食事にはこのサプリメントをあげてね、と伝えた。 その時の母の驚きよう。 病気でなくてよかった! ではなく、 「なんでそんなもんが1万円もすんの?」 と怒った。
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