笑ってはいけない葬儀の怒り

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これは会社の常務宅で葬儀のお手伝いに行ったときの話である。 常務の父上さまが亡くなった。 火葬に行かれた関係者を社員が常務宅で待っていた。 人が亡くなっても、ひとの家のこと。特別悲しくはないし、どうでもいい。 待機組は、私と、2歳年上の女性社員と総務部長の3人。 火葬から帰った関係者のお茶を出したり、突然来た人の接客とかする雑務係だ。 家には家族親戚一同が火葬に行ってしまったので、誰もおらず、 その留守を3人が居間で待っていた。 先輩社員は明るい大阪人で、笑いがわかる人だ。 その隣にまさに几帳面そうな総務部長がお茶をすすっていた。 退屈だった。 最近見たテレビの話題や芸能ニュース的な話はしずらい。 「火葬場から何時に帰ってくんのやろ・・・」先輩がぽつり、いった。 「かれこれ2時間はたってますよね」と私。 「いつになったら焼きあがるんやろ」 「ステーキでいうところのまだ、レアという感じじゃないですか?」 「いやいや、もうミディアムやで、絶対!」 机の上のお茶がカタカタ揺れだしたので、なんだろうと思っていたら、 総務部長がクスクス笑いをこらえていたのだった。 「しばらくステーキ店に行けへんわ」 「じゃあこんど魚の塩焼き食べに行きませんか?」 小さな揺れは収まらず、私と先輩はちらりと総務部長を見て、お互いを見た。 そんなとき、 「お留守番ごくろうさまー」という声が玄関から聞こえてきた。 「お前ら不謹慎だぞっ!」 総務部長が立ち上がり、私たちに怒鳴った。 見上げると、顔半分は怒っていたのだが、目もとは垂れて笑いをにじませていた。 なんとも、たとえようのないゆがんだ顔だ。 「あらあら、どうしたの声を荒げて」と常務の奥さんが居間に入ってきた。 「いや、ちょっとこいつらが・・・」 総務部長は奥さんの方を向き、表情を一瞬で整えた。 「・・・部長、笑ってましたよね?」と私は先輩に耳打ちする。 「笑い顔を気合で一瞬に真顔になるなんて、たいした芸やで」 先輩の言葉に、私は笑いをこらえていた。 そういえば総務部長の表情。 笑い顔を我慢すると、 泣き顔に見えるのは、なぜだろう。
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