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怒りの存在感
2020 11月12日
わたしには存在感がない。
たとえば、
10人ほどの宴会で、わたしだけ運ばれないお茶。
にぎわうラーメン屋さんで、いちばん奥にすわり、
お客がみな帰ったあとの30分すぎてからラーメンがきたこと。
たのんでいないライスがついていた。
店主の「存在に気づきませんでした」とはいえない詫びがあった。
お客の入店に目ざとい、あのブックオフですら、
店員さんからのいくつもの、
「いらっしゃいませ~こんにちは~」の歓待の声がない。
あきらかに、マンガの立ち読みだけできたというお客には、
あいそをふりまいて、
あきらかに、買う気まんまんのわたしにはそんな声がない。
ある日、あまりにも、わたしだけなのかとふしぎにおもい、
あらためて入店直後の、
「いらっしゃいませ~こんにちは~」がないのを確認した。
どうやら、入口ドアのレジのひとが気づくかどうかがカギのようだ。
その日は、レジのひと同士がおしゃべりをしていた。
そこで、そのふたりを見、わたしは2歩ほどさがり、
あらためて入店するお客となって歩いてみても、気づいてくれなかった。
この日は、めずらしく1冊も買わないで店を出ようとすると、
「ありがとうございました、またおこしくださいませ~」
が、背中に連呼する声がきこえ、
うしろめたさで、いたたまれない感情がかってに湧きおこった。
とある、イタリアレストランでもそうだった。
その店は人気店で、夜6時すぎともなると、
入口ふきんで待つお客であふれるのだ。
わたしは母と食事をするが、母は高齢なので、
開店直後の夕方5時に入店する。
2か月にいちどの割合で通い、親子そろって酒をのみ、
店ではまずでないボトルワインを飲むのでお店がおぼえている。
ある日、めずらしくホールのチーフがやってきた。
このひとは、この店の開店当時からいた女性で、
当時、アルバイトだったひとだ。
チーフとなり、メイドのようなエプロン付きのスカートから、
黒いベストとパンツルックが似あうひとになった。
いつも、ご利用いただきありがとうございます、とか、
いろいろ謝辞をいってきた。
「おきまりになりましたころ、またうかがいます」と、いった。
ところが5分、10分たっても、注文をとりにこない。
店内はわたしたちをふくめ、3組ほどしかまだいない。
わたしは、ふと、じぶんの存在感に疑問におもった。
ここは手をあげて「すいませーん」といえばすむ話だ。
しかし、オープンキッチンだ。
厨房のひとたちからも、わたしたちが見えるのだ。
いまは、お客の数よりも店員の数がおおいのだ。
母は、さみしげに「注文する?」といった。
わたしは「いや、来るのを待つ! のんびりしていよう」
水すら運ばれないテーブル。
イライラと、ま、いいか、が交差する。
そして15分がすぎた。
なんで、こんなことに意地をはってんだろう、と、ふとおもう。
すると、あのチーフがすっとんできて注文をとりにきた。
さすがに、じぶんでもおどろいていたようだった。
わたしからすれば、あなたいがいの、
ほかのスタッフからも気づかれていないことのほうがおどろきだった。
チーフはふがいなさに、なんどもあやまっていた。
わすれていた。まだ店内はガラガラなのに気づかなかった。
ほかのスタッフすら気づかなかった。
言葉をえらんでいるのがよくわかる。
わたしもなぜだかあやまった。
「・・・存在感がなくて、すみません」
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