怒りの卓球台

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私には高校のときの卓球部の先輩がいる。 たまたま仕事で偶然知り合い、ごくたまに遊技場の卓球で遊んだりする仲だ。 その先輩が卓球台を買った。値段にして10万円だそうだ。 その先輩は店を経営する社長さんなので、 本来なら、卓球で遊ぶ時間がない。 遊ぶ相手もいない。でも卓球が好き。 そんな先輩だから、自慢気にうれしそうに言った。 「卓球台買っちゃったよ、 10万円のを。知り合いのスポーツ店でさぁ」 なぜ? どうして? どこにそれを置くの? いつ誰と卓球するの? と、頭によぎった。 10万円ともすれば、立派な、脚が太く頑丈で、そこそこ重いやつだ。 簡単に移動できるものではない。 きっと先輩からしたら、金はある。10万円ならなんとかなる。 卓球台があれば、みんなが遊んでくれる。自分も楽しい。 わざわざ遊技場に行かなくても、利用料払わなくても、 卓球台があれば、みんながハッピー! そう思ったのだろう。 そんなとき、私は言ってはいけないことを言ってしまった。 「家庭用の卓球台なら2万円のがあるのに。しかも手軽だし」 先輩はそのとき、ハッ! とすべてを悟った顔をした。 安さが問題なのではない。 収納が簡単かどうかに。なんで本格的な卓球台を買ってしまったんだろう、 という後悔と、知り合いのスポーツ店のオヤジなのに、 なんでこんな不便なものを売りつけたのだろう、という怒りが、 我に返った表情から、じわじわと浮き出るさまを見て、私は恐ろしかった。 買った卓球台は先輩の店から離れた小屋に置いてあるそうだが、 当然のことながら、 先輩を相手に卓球をしたがる人や従業員もおらず、 たまにやっても、その都度、重い卓球台を片付けねばならず、 買ったばかりの卓球台は、ほんの数回して使われないまま、 1年もしないうちに処分したという。 たまたま、私は先輩を相手に遊ぶタイミングが悪く、 結局一回もその卓球台で卓球をしたこともなければ、その台を見たこともない。 先輩の「あの台、処分したよ……」という悲しいセリフは、 みんなオメーが悪いんだ……と怒りを抑えたように聞こえた。 その後、先輩といっしょに、遊技場の卓球に行ってない。
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