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昨今、山越えをする商人や旅の者が何者かに襲われる事件が相次いでいた。
被害に遭い、命からがら逃げ帰った者の話によれば、その賊はカラスを使役し襲わせるのだという。その者もボロボロの身体で『女が……』と最期に漏らし、息絶えた。
そこで賊の仲間であろう女を通称、濡れ羽鵺と呼ぶようになったのだ。
「へっへ……夜目にもわかる、ありゃあ若い娘……しかも上玉だ。旦那に下見に行こうと誘われた時ゃ、肝が冷えたが。手柄になりゃあ、オイラにもそれ相当の褒美は貰えるんでしょうね?」
普段は雑役で使う配下の男が下卑た笑いで伊佐を覗き込む。
だが彼の頭の中では、先刻から自家に伝わる書画の文言だけが渦巻いていた。
【──見てはならぬ、その姿
聞いてはならぬ、その啼き声
見れば嘴(くちばし)が目を穿ち、聞けば魄が剥がれ落ちる──】
伊左の本能が、近寄るなと告げている。
「任せてくだせえ。どうやら仲間は見当たらねえ。かっさらって山を下りちまいやしょう」
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