8人が本棚に入れています
本棚に追加
俺こと霧智 律(きりとも ただし)は一介の文芸部員で、ここはその部室だ。
パイプ椅子に座す俺の手には本……ではなくiPhoneが握られているのは、そんなに読書が好きではないからだ。
でも、この部は好きだ。正確にはこの部室が好きだ。静かで人通りが少なくて自分だけの世界を――
「レビューって、サイコー!!」
部室と廊下を繋ぐ扉が、ガララッ! と勢い良く開かれた。
さようなら、自分だけの世界。
少しだけ悲しみを覚えながら、俺は何事かと視線を扉の方へと向ける。
小悪魔――と形容して差し支えない美少女が、漆色の長髪を振り乱し、息を切らしていた。普段は絹のように白く美しい筈の肌が、今は紅く火照っている。
どうやら疾走してきたらしい。
「部長……一体どうしたんですか」
彼女こそが我が文芸部の部長――文直 奈緒(ふみじき なお)先輩だ。
「どうしたもこうしたもないわ! 私、気付いたの、レビューこそが最高なのよ!」
ズカズカと歩を進めた彼女は、俺の前で止まった。
小柄で細身――スレンダーな彼女の熱気というか気迫は凄まじく、俺は呆気に取られた。恐怖を覚えたと言っても良い。自然と身体は萎縮し、それに乗じて軋む椅子。
――この方は何を仰っているのだ。
「どう思う?」
「どう……?」
「レビューって、いいわよね?」
彼女のざっくり切り揃えられた前髪の下――長い睫毛で縁取った黒く大きな双眸が、俺をしかと見つめる。視線の交錯。強い意志がまるで炎のように眼の奥で燃え盛っている。
何がどうして彼女のテンションはここまで高いのか……ともかく俺は部長の闘志に怖じ気付く。
「そ、そうですね」
作り笑いで取り繕うことで手一杯であった。
「そう、レビューは最高なの。レビューは」
彼女は俺から離れると、いつも愛用している錆びれたパイプ椅子に深々と腰掛けた。その顔は満足気で、ムフフと笑っている。
「……今日は一体どうしたんですか?」
意を決して、という表現が正しいだろう。俺は一瞬にして干からびた唇を無理矢理にこじ開けて、彼女にそう訊ねた。
最初のコメントを投稿しよう!