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とにかくオンナには不自由しない克己が、一年ほど前にふっとカノジョの途切れた時期があった。その間、克己はビョーキも発症せず、淡々と毎日を過ごしているように見えた。 「克己はオンナがいない方が、調子が良いんじゃねーの?」 と、俺は言った。 克己は真顔になり「わかんね」と小さな声で答えた。 このまま安定していればいいな……と願った。克己は、才能の塊みたいな奴だ。頭も運動神経も良いし、見た目もカッコイイ。ケンカも強いし、後輩の面倒見も良い。だけど、変なところでひ弱だった。 その願いが打ち砕かれたのは、その半年後。同じくバンドメンバーの光一から、電話が掛かってきた。 「きて!警察来る!」 混乱した声だった。その奥から、大きな物音が聞こえた。 「296のカラオケ……オイッやめろ!来てって!克己が……狂った!」 自転車で慌てて駆けつけてみると、時すでに遅く、パトカーが店を取り巻いていた。克己が泣きじゃくる母親と、うなだれた父親と一緒に出てきた。克己の目は血走り、顔が整っているだけに凄惨に見えた。 その後ろから、精魂尽き果てた様子の光一が出てきた。俺は近寄って、とりあえず謝った。光一も怒り泣きしていた。 「何なんだよ……!意味わかんねーよ!」 「どうした?」 「付き合ってたって!」 「なに?」 「カナブンと付き合ってたって!!」 「うっそぉ!」 大声を上げた俺に、野次馬たちが目を向けた。それも気にならなかった。あまりにも驚きすぎて。カナブン?あの超地味オンナと、克己が?何で? 「なんで言わねぇんだよ…」 「カナブンだからだろ。自分でもダセェと思ったんじゃねぇの……もうライブ無理だ。キャンセルしないと」 大きな溜め息が出た。たぶん停学処分になるだろう。 暗い気持ちの底から、話の続きを引っ張り出した。 「そんで、別れたって?」 光一は鼻をすすり上げ、うなずいた。 「まさかフラれた?」 「向こうが大学行くんだって」 「だけど、別に……」 「結婚したかったんだって!!バカじゃねーのか、アイツ!」 ぬるい風が吹き抜けた。春だから、と俺は思った。春だから、血迷ったんだ。
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