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一足先に食事を済ませたマスター、何かポスターのようなものを持ち出して、壁に貼り付けようとしている。
「それ、何のポスターですか?」
「…あぁ、これかい?
いや、今度ここでライヴをやらせてほしいって申し込みがきたんだよ。知ってる?
"YU‐KA"って女の子の歌手だけど」
「―え…ゆ・か…?
ちょ、ちょっとそれ見せてください!」
俄然勢いづいた僕に少し気圧された様子のマスター。呆気に取られた視線をよそに、僕はそのポスターを食い入るように見つめた。
二十代前半くらいだろうか、腰の辺りまで届く長い黒髪にオレンジの花飾りを添えた女性が、そこには写っていた。
純白のワンピース、貝殻の首飾り、そしてはにかむような笑顔…十数年の時が経っていても、見間違えようがない。
「…ゆか姉…だ…!」
第二章
その日の僕は、朝からそわそわして落ち着かなかった。
何しろ、あのゆか姉が、ここ葉山に戻ってくるというのだから。それも歌手として。 「ゆか姉…」
どんな顔をして会えばいいのか。なんて挨拶しようか。まさか十年以上も経っているのに、つい昨日会ったように気安くは出来ないし…いや、それ以上に、
「ほんとに…綺麗になってた…」
ばくんっ!―気のせいじゃない、あのポスターを見た瞬間、僕の中で何かがはじけるような音が聞こえた。
眩しくて―煌いてて―張り詰めてて―
よく実った果実が、中からはち切れそうになっているみたいだった。
もちろん、僕だって年頃の男だから、アイドルや女優なんかに憧れのような念を抱いたことはある。しかしこの場合、それとはまた話が違う。相手はかつての幼馴染でもあるのだから。
いや、そもそも声をかけられるだろうか。向こうはきっと忙しいはず。ファンだってついているだろうし、その対応に追われるかもしれないし。
「あぁ…どうしようか…?」
そうこうしているうちに日も西に傾き、ライヴの時間が近づいてきた。
「須崎君、聞いたよ~。今日ライヴやる子、幼馴染なんだって?」
仕込みをしながら、ここぞとばかりにマスターがからかってくる。明らかに何かが起きるのを期待している表情だ。
「そうですけど、もう十年以上も会っていないんです。覚えているかどうか…」
「なあに、会えばきっと思い出すって。すごい美人じゃないか、アタックしちゃえば?」
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