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美代子は、暑い夏の日差しを受けながら歩いていた。
自宅近くの、県立大学駅から、
電車を一駅乗り継ぎ、堀ノ内駅で、いったん降りた。
そして、浦賀方面行きのホームで、たかしを待った。
そこに、現れたのは、たかしでは無かった..
美代子は、驚きを隠せなかった。
もとの夫の、柿平直人だった。
柿平は、少し恥ずかしそうに美代子を見た。
「やぁ、元気にしているの?」
美代子は、バツが悪い気がしたが、
柿平の元気そうな姿を見て、正直、ほっとした。
「うん、今、幼馴染みのたかしくんを待ってるの..」
美代子は、思いきって言った。
「そうか、何処か出掛けるの?」
柿平が、普通に聞いて来たので、美代子も素直に答えていた。
「これから、浦賀にポンポン船に乗りに行くの
あたし、一度、乗ってみたかったの..」
「浦賀の渡し船かぁ..」
柿平は、遠くを見るような目で、何かを思い出していた。
「子供の頃、親と神社にお参りに行くとき、乗った事があるよ」
「そうなんだ..お父さまとお母さまは、お元気?」
美代子は、申し訳なさそうに聞いた。
柿平の両親は、人柄が良く、
義母は、美代子に何度も謝った。
「直人が美代子さんを騙すような事をして、
本当にごめんなさい..」
そう言って涙ぐんだ顔が忘れられない。
「うん、母がね、こんな僕でも、きっと
一緒になれる人が見つかるって言うんだ。
親バカだろう?
自分に自信を持てって、言われちゃったなぁ」
柿平は、静かに笑っていた。
「僕、もう行かないと..
じゃあ、美代ちゃん、元気で..さよなら」
柿平は、手を振り、去っていった。
「うん、直人も元気で..さよなら」
美代子は、柿平の背中を見送った。
柿平の姿が、消えたと同時に、
沖田たかしが、息を切らして、走ってきた。
「ごめんよお、美代子、待ったあ?」
たかしは、満面の笑顔を美代子に向けた。
「相変わらず、女を待たせるヤツだなぁ」
「どうか、懲りずに待っていて下さい」
たかしが言うと、美代子は、ぷっと吹き出した。
「どうかしらね?」
その時、電車が乗り入れ、
駅の構内に、馴染みのメロディが鳴り響いた。
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