第3章 新しい航路

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ガタン、ゴトン、ぷシュー.. その時、電車の扉が開いた。 三浦海岸の駅のホームは、 夕暮れ色に染まっていた。 若葉は、その時、心が定まった。 一からやり直そう.. いや、ゼロからの出発だ。 こうして、助けてくれる咲子ちゃんに、 感謝の思いを伝えなければ.. 若葉は、微笑みを浮かべ、 咲子の方を、ぱっと、振り向いた。 その瞬間に、若葉の目に飛び込んで来たのは、 咲子の、変顔だった.. 「オッサン..何ィ?  深刻な顔してんのぉ?」 咲子は、目を向き、口を逆三角形に尖らせ、 口角を上げ、頬を横に付きだし、喋っていた。 若葉が、驚いた顔をすると、 「あははっ、こっちだよ、おじさん  早く来てーっ」 咲子は、風のように、駆け出した。 「こら、まてっ、咲子..サクちゃんっ」 若葉は、咲子の後を追いかけた。 真夏の夕暮れどきは、 まだ、まだ暑かった。 城谷咲子にとっては、十代の終わりに差し掛かった 青春の、暑い夏の思い出となった。 若葉にとっては、第ニの人生の幕開けは、 暑い、暑い夏との戦いから始まったのだ。 咲子の母、城谷菊子が経営している旅館は、 三浦海岸駅から近い場所にあった。 旅館の名は「城谷 海の家」であった。 門を抜け、石段を上がり、玄関に入った。 こじんまりした外観だが、 見た目よりも、中に入ると、 玄関の間口は広く、 背の高い観葉植物が置いてあった。 「ちょっと、待ってて..」 咲子は、そう言うと、靴を脱ぎ、 慌ててスリッパを履き、奥に消えた。 暫くすると、どこからか、白い猫がやって来た。 と、同時に、横の棚から、黒い猫がぴょんと、 飛んで、若葉の前に現れた。 「どれ、どれ、いい子だな..」 若葉は、しゃがんで、猫を撫でた。 二匹は、人なつこく、 「みあぁん..ごろろ..」 と、鳴きながら、若葉が撫でている手に、 すり寄って来る。 そこへ、今度は、白いマルチーズがやって来た。 マルチーズも、飼っているのか.. その白いマルチーズは、口の周りが、 少し、汚れて黄ばんだ色に変色していた。 動きは、ゆっくりとしていて、 目は、髪で隠れてほとんど、見えない。
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