第1章 運の尽きた中年男

3/3
前へ
/32ページ
次へ
若葉忠正と、今野日斗美は、 籍を入れて無かったが、 もう、20年以上も連れ添っており、 日斗美は内縁の妻として通っていた。 日斗美は子供を欲しがったが、 ふたりは子宝には恵まれず、 入籍するタイミングを逃して来た。 若葉は、夜学に通っていた時、 昼間は、あるテレビ局のアシスタント ディレクターをやっていた。 若葉忠正は、ある時、 主婦向けのワイドショーで、 番組の進行中にミスを起こした。 30秒間も、テレビ画面が 真っ暗になってしまったのだ。 直接、穴を開けたのは、 若葉では無かったが、 彼は責任を取らされた。 上司とうまやれなくて、 結局、テレビ局をクビになった。 若葉は、定職が無く、フリーターになった。 その後、テレビ局の知り合いの 風車大平の紹介で、 コマーシャル画像を提供する会社を 共同経営しないかと誘われた。 カメラマンとしての腕をかわれた こともあり、若葉は、 その話に乗っかった。 もちろん、良いときばかりでは無く、 経営が苦しくなり、 今まで、会社が苦境に立たされたこともあったが、 なんとかやってこれたのだ。 20代後半からだから、 もう、16、7年も、苦楽を共にして来たのに、 風車大平は、多額の借金を残し、夜逃げした。 若葉は、ひとり借金を背負うハメになった。 若葉は、若い頃、日斗美のアパートに 転がり込んで、なんとか食い繋いで生活してた。 数年前に、ようやく、 マンションの頭金を貯め、 日斗美を楽にしてやりたくて、 ローンを組んだばかりだった。 借金取りは、容赦無かった。 若葉は、職を失うと同時に、住まいも失った。 そして、マンションを引き払う約束の日、 朝起きると、日斗美の姿が消えていた。 書き置きさえも、無かった。 連絡も付かなかった。 日斗美にも、逃げられてしまった。 とうとう、自分は失うものは、 何も無くなってしまった。 若葉は、リュックサックひとつ肩に 背負って部屋を出た。 隣近所の住民が飼っている黒猫の、 ミュウミュウが、現れた。 若葉がかがんで、猫の首もとを 撫でると、みあーん..と ミュウミュウが鳴いた。 若葉は、目頭が熱くなった。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加