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「大森海岸..」
咲子は、ちょっと顔を上げて遠くを見た。
「そこに行こ..」
咲子は、固い口調で言い切り、立ち上がった。
「はあぁ?ちょ、ちょっと待ってくれ」
若葉忠正は、目を見開いて咲子を見た。
「お弁当、食べさせてあげたでしょう?
それに、格安の値段で、
うちの民宿に泊まりたいんじゃあないの?」
咲子は、勝ち誇ったように若葉を見下ろした。
「は、はい、泊まらして欲しいです、
お弁当も美味しかったです..
あぁ、でもお、それと、これとはぁ..」
若葉は、懇願するように咲子を見上げた。
「別ではありません、悪いようにはしないから、
オッサン、行こうよ、は、や、く」
咲子は、やはり、ライオン女子だった。
強いリーダーシップを発揮した。
若葉は、仕方なく、力無く立ち上がった。
まぁ、いいか、会えるわけないし、
最悪、家を忘れたってことにして、
途中でうやむやにすればいいさ、
こんな赤の他人の事だもの、
すぐに飽きるに決まっている..
若葉は、少し心が軽くなった。
若葉は、立ち上がった瞬間、咲子と目があった。
なんだか、自分の胸の内を見透かされたような気がして、
咳払いをしていた。
咲子は、目の前を、ぴょん、ぴょん跳ねるように、
スキップをしていた。
「らん、らん、らん」
その後ろ姿を見ながら、若葉は思った。
日斗美は、一度だけ、妊娠した事があった。
もう遠い昔の事だった。
5ヶ月の時に、流産をしてしまったので、
日斗美の悲しみは、中々癒える事は無かった。
子供が大きく育ってからの流産だったため、
炎症を起こしてしまい、日斗美は高熱を出した。
その後、日斗美は体調をくずし、
それからは、子宝に恵まれる機会を失った。
あの子が生きていれば、
もう、咲子位の年齢だろうか?
若葉は、ふとそんな事を思い出していた。
ふたりは、京急久里浜線に乗り、
三浦海岸から、堀ノ内駅に出た。
堀ノ内駅から、京急本線へ乗り換え、上りホームへ向かった。
その時、列車の乗り入れの際に、
懐かしい歌謡曲のメロディが流れた。
「懐かしいなぁ、これ、
かもめが翔んだ日、だよな..確か」
若葉は、呟いた。
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