3人が本棚に入れています
本棚に追加
「大森海岸駅...」
咲子は、駅名を読みながら、着いたホームを見渡した。
先程の中年女性達のグループも、ホームに降り、
賑やかに笑い、話ながら、階段を降りていく。
「久しぶりだから、忘れてしまったなぁ..」
若葉は、呟きながら、女性達が降りていく方向へ向かい、改札を出た。
「おじさんの奥さんの実家って、どっちの方角?」
咲子は、通りを見渡している若葉の背中に向かって、声を掛けた。
「品川水族館の方だな..こっちだよ」
若葉は、改札を出て左側の通りを見ていた。
「わぁっ、ねぇ、水族館に寄って行こうよ
お母さんにも、行くって言っちゃったしィ
イルカのショー見れるかなぁ」
咲子は、鼻歌を唄いながら、体を左右に揺らし、
リズムに合わせ、若葉の前を、先頭切って歩いて行った。
それはスキップ..とは違うものだった。
俺達の子供の頃は、スキップが流行ったんだ。
これは、スキップというより、ダンス、
ダンスというより、パフォーマンス..
咲子は、躍りが好きなのだろうか?
よくあんなふうに、軽妙なリズムを刻んで
手足を動かせるなぁ..
とても俺にはついていけない世界だ..
て、いうか、なんで水族館に遊びに行くんだ?
彼女は結局、遊びに行きたいだけなんじゃあないか?
まぁ、いいか、あんなに嬉しそうなんだから..
妻の日斗美さえ、ろくに遊びに連れて行かれなかったのに、
皮肉なもんだなぁ..
若葉は、目の前を歩いている咲子の後ろ姿を、見詰めていた。
すると、突然、咲子が振り向いた。
「どうしたの?はーやく、行こーよぉ」
「う、うん..」
若葉は、何かを思い出していた。
久しぶりだな、自分に向けられる笑顔なんて..
そう、俺は、誰かに喜んで貰えるような事を、
久しくして来なかった..
そして若葉は、リュックの中からカメラを取り出し、
いつの間にか、レンズを咲子に向けていた。
「きゃははっ、ポォズ、ポーズぅ!」
咲子は、ふざけた格好ばかりしていた。
若葉は、不思議だった。
今までの俺は、スナップ写真なんか馬鹿にしてたのに..
日斗美、ごめんよ..
お前のことも、こんなふうに撮ってやれば良かった。
最初のコメントを投稿しよう!