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でもそれをしなかった。確かに僕になら容易い事だ。考え直せとか、死ぬ事なんかないとか、言葉をかけてやるよりも簡単な事だったのに。
こんな事なら初めから殺しておけばよかったとか思いながら。僕の手で終わらせればよかったとか考えながら。
「私は君の行動を糾弾するつもりも責めるつもりもないわ。むしろ君が手を出さなくて良かったと思っているの」
先輩の声が無駄に優しい。
「君がころすのは、私だけで十分よ」
それが過去の話であっても。
「君は、やっぱりいい事をしたのね」
「してないです」
彼の大事な事を見守ってあげたのね。
そんなの後付けの、言い訳だ。
「先輩は、なくしてしまった大事なものってありますか」
先輩は、お茶の入ったカップを置くと、微笑んだ。
「ええ、あるわ」
椅子から立ち上がり「誰にも内緒にしてね」と唇に指先を添え、僕のそばまで来ると、カビた空気に浸りきった僕の半袖ワイシャツの左胸に、そっと手のひらを置いた。
「大事な、大事な……命をね、なくしてしまったの」
だから、と先輩は続ける。
「君に、私をころしてほしいのよ」
高校一年の夏が、始まる。
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