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まだ目が離せる状態ではないが、形は随分様になっていた。言葉で教わった通り、見て覚えた通り、菖蒲は真剣に花を活けはじめる。
落ち着きの無さや忘れっぽい所は何一つ改善されていないが、ふとしたときに垣間見える変化があった。それは喜ばしいことの筈なのに、私にとっては少々複雑だ。
私の倍以上の時間をかけても、菖蒲の花は五歳児が描いたような絵にしか仕上がらない。同じ素材、同じ道具を使っても、活ける人によって花の表情は変わる。
「で、…できました」
不格好であると分かっているのだろう。菖蒲はぎこちなく器を回し、花の顔を私に見せた。
込み上げる笑いを我慢できなかった。咳でごまかそうとしたが意味がない。菖蒲がショックを受けている。
「コホン。そんなに悪く無いですよ」
「でも、時雨様のお手本と全然違います」
「中心の長さが違うからそう見えるだけです。あと、これは葉に癖がありましたね。この部分を取り除けば良くなりますよ」
「…………」
「自分でやってごらんなさい。もう少しですよ」
器を菖蒲に戻す。
菖蒲はすぐには取りかからず、少し身を引いて自分の活けた花を見つめていた。
慌てん坊の菖蒲は直感的に動くことが多く、焦るあまり元から無いに等しい美的感覚が削がれてしまう。だから一呼吸おいて客観的に見つめ直す時間を持つように指導した。菖蒲はその教えを守っている。だから私が口を出す必要はなかった。
菖蒲が不格好だと思えば考えればいいのだ。少し考えるだけで答えは自ずと出てくる。
注意は絶えないが、教えることはもう限られてきている。
三年の間で目に見える成長は確かにあった―――。
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