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「ご馳走様でした!」
祖父母と母を交えた夕食が終わると、菖蒲の迎えが到着する。
家を離れるのに寂しがる菖蒲を、私以外の皆が温かく励ましていた。
「菖蒲、忘れ物だ」
菖蒲が車に乗る前に、透明のソフトケースを手渡した。
「なんですか、これは?」
「大事なプリントだから、家に帰ったらちゃんとご両親に見せない」
明日行われる保護者集会を今頃知らされても困るだろうが、知らないままよりはマシであろう。
「はい!」
菖蒲は気持ちのいい返事をして車に乗り込んだ。エンジンのかかった車の窓から顔を出す。
「時雨様、一緒に入っているこの封筒もですか?」
「それはお父上に渡して下さい」
「分かりました」
何も知らない菖蒲は、走り出した車から見えなくなるまで手を振っていた。
重厚なエンジン音が聞こえなくなると、静寂な夕闇から虫の声が微かに聞こえ始める。
梅雨はこれからだというのに湿気た空気が肌にまとわりつく。門扉を潜り、母屋に向かって飛び石の間を歩いていると、池のほとりに見頃となった花菖蒲の群生が目に止まった。池から反射する月光を浴び、美しい藍色が神秘的な光りを帯びていた。
「菖蒲……」
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