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しかし、そんな賑やかな日々もそう長くは続かなくなった。
ある日を境にピタリと止まる。
音楽と笑顔が彼らの中から消えてしまった。
葉月の部下、美佐が他の男のバイクに乗り、そのまま帰らぬ人となった。俊の姉だ。
それだけでもショックだったが、美佐のセックスフレンドの仁が一時は声も出ないほど落ち込んだ。
しばらく閉じこもったままだった。
俊は仁のことを心配していた。
自分の姉が亡くなったことよりも友達のことを心配していた。
死んでしまった者よりも生きている人の方が大切だと言った。
その気持ちもわかる。
死んでしまったら何を訴えかけても伝わらないから。
生きている人を助けることが優先だと思った。
それからやっと仁は人前に出るようになり、ここへも顔を出すようになった。
しかし、バンドは解散していた。
ボーカルの仁が歌えなくなったからだ。
歌を忘れたカナリヤという歌があるが、仁の場合、忘れたのではなく、今までどんなふうに歌っていたのかがわからなくなったという。
その部分だけが記憶から欠如してしまったかのようだ。
それは防衛本能なのだろう。
歌うと美佐を思い出すから、そのつらさを感じさせないために自分でその記憶を消失したのではないかと思う。
そんな彼らは夏ごろから、せっせと仁の趣味、釣りにつきあおうになっていた。
俊などは釣りなどやったことがない。
けれど、釣竿を持って船に乗る仁につきあって釣竿を買っていた。
今では釣りの雑誌を買いもとめ、どんな釣り場に行きたいとか、魚のことを勉強したりしている。
仲間で何かをすることは彼らにとってバンドの練習の延長だったのだ。
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