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「父さんも母さんも平気な顔をしているけど心配しているんだ。そういうことを念頭に置いて、大人の、未婚の女性として恥ずかしくない行動をとりなさい」
兄が時代錯誤的な言葉を吐く。
こんなに古臭い考えを持っていたなんて今まで気づかなかった。
そんなことを皮肉の一つも言いたかったが、また小野の顔が見えた。
小野の口が、《はい》と動く。
友香は言おうとしていた皮肉を抑え込むように、ぎゅっと拳を握り締めた。
「はい」
そしてさらに《ごめんなさい》と、小野の口が動いた。
友香は目を剥く。
冗談じゃない。
兄に謝れというのか。
いくら小野の言うことでも、それはなかなかできないことだった。
そんな意思表示に目をそらした。
しかし、小野が厳しい目で《ごめんなさい》と口を動かす。
友香はしぶしぶ小野の指示に従った。
「ごめんなさい」
とつぶやくような小さな声しか出てこなかった。
しかし、兄は驚くほどその表情を変え、声を和らげた。
「友香は教師になるんだろう。教師が男と二人で住んでいることがわかったら、生徒や保護者はどう思う」
それは友香も考えた。
中学、高校の英語教師が同棲しているということがばれれば、生徒へ与える影響も大きいだろう。
ひたすら隠し通すことになる。
それは友香にとって、苦痛になるだろう。
友香にはもうそれ以上何も言えなかった。そのこともよく考えておかなければならなかった。
「わかった。よく考えてみます」
小野と一緒に住みたい一心で、軽はずみな行動をするところだった。
兄が笑って、小野の方を振り向き、その肩をポンと叩いた。
「ありがとう。おかげで一応、冷静に話ができた」
と言った。
小野の指示で謝ったこと、ばれていたみたいだった。
「わかっていたんですか」
小野も悪戯がばれた子供のような顔をする。
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