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支度を済ませ、時計を見る。
もうそろそろ譲がくるはずだ。
そんなことを思っているうちに、控えめなノックが玄関のドアのほうから聞こえた。
まだ、家人が寝ている。
由美はすぐにドアを開けた。
そこには譲がにっこり笑っていた。
「おはよう」
「あ、おはよう。今、鞄、取ってくる」
挨拶もそこそこに二階へあがる。
部屋へ入り、一泊用の鞄を手にした。
そっと玄関を出ると譲が由美の鞄を持ってくれた。
譲は自分用の大きなカバンも持っている。
「大丈夫? そっち、重そう」
「大丈夫だよ。釣りの道具は他の人に預けてあるから、持ってきてくれるはずなんだ。こんなの大したことない」
そのまま二人でバスに乗った。
7時前の特急で、伊豆下田まで行く予定だ。
東京駅に着いた。
もうみんな集まっていた。
釣りをしますという荷物と帽子、サングラス、ダウンジャケットの出で立ち。
由美は譲と一緒に座る。
その目の前には相田。相田は乗ると同時に眠るらしい。
窓に頭を寄せて、帽子を深くかぶり、目を閉じた。
「由美ちゃんも寝てていいよ。こんなに朝早くからつき合わせちゃってるから」
由美は、うんと言いながら、目を閉じた。
でも眠るわけではない。
二人での間が持たないから、寝たふりをするのだ。
譲もそういうことがわかっていて言ってくれてるんだと思う。
譲とのつきあいは長い。
もうそろそろ二年になる。
大学に通い始めて、毎朝のように駅で顔を見て、降りる駅も一緒だから、いつしか話すようになっていた。
譲はその頃、バンドに入っていて、毎週日曜日にはスタジオを借り、本格的に練習をしていた。
初めてその練習を見せてもらったとき、胸が躍った。
いつも友人から冷めているとか、理想が高すぎるとか言われていた由美だ。
あまり興奮する出来事って遭遇することがなかった。
そんな由美が感動に近いほどの衝撃を受けた。
それに譲はわりと見た目もいいし、やさしい。
他の女子たちにも人気があった。
友人たちからも、うらやましがられていた。
そう、あの頃は譲とつきあっていることが自慢だった。
鼻が高かったのだ。
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