伊豆の旅館 由美

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 あれから、譲はさらに優しくなった。  由美が機嫌が悪くなるようなことは一切言わないし、やらない。  それが由美の理想だったはずなのに、なぜか、そんな譲がつまらなくなっていた。  人の顔色を常に窺うなんて、いい姿ではない。  釣りの仲間は元バンドのメンバーだった。  あの事故は由美も悲しんだ。  ボーカルの女性が亡くなった。  綺麗な人だった。  そして、その人とつきあっていた小野が歌えなくなった。  それで仕方なくバンドが解散。    そう、それらは譲のせいではない。  けど、バンドをやっていた頃の譲が好きだったと思う。   表情も生き生きしていたし、周りの女子も注目していたのだ。  今は普通の男の子、譲。  友人に自慢できない普通の存在。  今回の伊豆旅行、良かったら来る? と、ダメ元で誘われていた。  どうせ、前回のことがあるから、来ないでしょ、という意味が含まれているような気がした。  きっと譲は由美がいなければ、羽が伸ばせるのかもしれない。  そんなことを勝手に考え、一人でそのことに腹をたて、行くと言っていた。  譲も驚いていた。  こんなに近くに座っている譲。  ちらりと見ると釣りの雑誌を読んでいるらしい。  そう、いつも隣に座ってくれるが、手も握ってくれない。  一度、つきあいはじめの頃、いきなり手を握られて、由美が過剰反応していた。  驚いたのだ。  それからは譲から触れてはこなかった。  由美からそんな行動にでるわけがない。  だから、二人は二年もつきあっていて、キスどころか手も満足に握ったことがなかった。  もうそんなときめきもなくなっていた。  これからどうなるんだろう。
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