伊豆の旅館 由美

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 たぶん、渡辺の彼女、薫も知らないのだろう。  渡辺はつい最近、釣りの仲間になった。  あの事故以来、バンドのメンバーの中では、あのことは禁句だったから、それをわざわざ教える人はいない。  由美だったら、小野は選ばない。  年上の、それも友達の姉とそういう関係にあった人。  その人が別の男性のバイクに乗って事故にあった。  それは一方的に小野が裏切られたということ。  けど、よほど愛していたのだろう。  そのショックで歌えなくなった。  秋からは大学に出てきたが、まだ、どことなく彼女のことを思い出している、そんな表情をしていた。  そこまでの恋愛の後、そんな人の恋人になるそのむずかしさ。  友香は小野の心の中に入れるのか。  由美はそこまで考えて、もう人の事をあれこれ考えるのをやめた。  今は自分たちのことだ。  つまらなそうな顔をしている。  だって、つまらないんだもの。  そうかといって由美は別れるのもいやだった。  譲は由美のわがままを良く知っていた。  だから、ここまでつきあってこれたのだ。  他の男の人ならとっくに愛想をつかされているだろう。  自分のこともよくわかっていた。  このままでいいのか。本当にそれでいいのか、わからない。  けど、譲が初めてそんなことを言った。  もしかするとなにかを考えているのかもしれない。  友香が携帯を見て、驚いていた。 「うそっ。どうしよう。私の後輩が、あの、西宮さんとつきあいたいって、もうそう告白して、受け入れられたって・・・・」  西宮、この釣りメンバーでのムードメーカーだ。  この由美にも時々皮肉を言ってくる。  苦手なタイプだった。  だから、もう西宮には近づかないことにしている。  向こうもそんな気配をわかっているのか、何も言わなくなっていた。  確かに格好いい部類に入る。  けど、先日の合コンで知り合った女の子と、ゲームをするからという理由でデートを断り、フラれたとのこと。  今回も、友香の後輩がどのくらいまで続くのか。  人の不幸を願うわけじゃないけど、譲とのことがそれほどうまくいっていない由美だ。  人の幸福を願うわけがない。  そんなことを淡々と思う、醒めている由美だった。
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