カメになりたい

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なんだかそんな事まで思い至ってしまうとガタンゴトンと揺られるこの状況そのものの方がよっぽど幸福じゃないかって思うんだ。毎日変わらない風景。海沿いの町。人々の営みの跡。変わらないってこんなにも素敵じゃないか。なんだこの景色。最高だ。僕はどうやら遠くに手を伸ばしすぎて近くにある幸せを見逃していたようだ。 「なーに考えてんの」 いきなり眼前に顔が見えて意識を遠くに持っていっていた僕はびっくりしてしまった。なんせその顔の相手は愛しいあの人だったりするものだからもう何が起こっているのか分からない。パニックになりそうな僕をよそに愛しの君は淡々と続けた。 「私の彼氏ならもっと堂々としてよね」 軽く腕元を小突かれる。いたずらっぽい笑みを浮かべながら。 「あれでしょ、まーたお得意の妄想でしょ」 「ち、違うって」 「あ、その様子じゃ図星なんだ」 名推理を始めようとする探偵のようにわざと指を顎の下に当ててふむふむと言う。 「何考えてたか当ててあげよっか」 「えっ、そ、そんな」 「もしも僕よりかっこいい彼氏が出来たらどうしよう、とか思ってパニクってたとかそんな辺りなんじゃないの」 なぜ分かった、と表情だけで言った僕。 「だって考えてる目が泣いてるんだもん。眉間にシワも寄ってるし。相変わらずマイナス思考というかなんというか」 足をほんの少しバタつかせながら伏せ目がちに言った。 「でもそういうとこが好き」 ああ、今絶対ズキューンって効果音が鳴ったなと思うくらいには決めの視線に打ち抜かれていた。もうどうにでもしてくれ。凧糸巻いてハムにしてくれたっていい。いや、この例えに特に意味はなくただの思いつきだ。つまりはそれくらいの気持ちだってこと。 「君は……次の駅で降りてしまうんだろ」 寂しいなと言い終わらないうちに「君もここで降りるでしょうよ」とグイと引っ張られてしまった。そうなんです僕も毎日彼女と一緒にここで降りるんです。あはは。ただもし彼女に片思いしている男だったらというていで考えると更に恋が燃え広がるというかなんというかーー。 「行くよ!」 「はいぃ……」 きっと僕はバカな男だと思われているだろう。でもいいんだ。君の前ではバカな男でいたいんだ。
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