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「ハル、もしもね、もしも私が……」
「うん?」
「何でもない。ごめん、忘れて」
ああ、やっぱり言えない。
ハルに嫌われたらと思うと怖くて、どうしても言えなかった。
だって、明日にでもどこからかひょっこり出て来るかもしれないんだ。
よし、もう一度探してみよう。会社の机も。そうだ、電車の中や駅で落としたかもしれない。もうあらゆる可能性を当たってみるしかない。
そんな悲壮な決意をした私をハルはチラッと見たけど、何も言わずに家まで送り届けてくれた。
「ヒナ? 今日は早く上がれそうなんだ。良かったら俺の家で待っててくれないかな?」
水曜日の昼休みにハルからそんな電話が来てしまった。
「え? あ、そうなんだ。残念。今日はちょっとトラブってバタバタしてて、とても定時には上がれそうもないの。ゴメンね」
「そうか、大変だな。週の真ん中に会えたらと思ったんだけど……じゃあ、週末まで我慢するか。帰り、遅くなるようだったら送って行くから電話して」
「ありがとう。でも、ホントに何時になるかわからないからいいよ。あんまり遅いようだったらタクシーで帰るから心配しないで」
駅から家までは歩いて10分ちょっとなのに、それを心配してくれるハルは優しい彼氏だ。
電話を切ったら大きなため息が零れた。
日曜日から毎日あちこち探し回って疲れ果てていた。駅の遺失物にも届けられていなかったし、もちろん姉の部屋にもなかった。
通勤に使う道を俯いて探しながら歩く癖がついた。
「陽菜! おまえ、最近暗いけどどうした?」
退社時にエレベーターに乗り合わせたのは、同じ課の羽生さんだ。
「探し物で疲れちゃってて。羽生さんだったら、大事な物をどこにしまいますか?」
「大事な物? モノによりけりだな。手紙だったら本の間とか」
「隠し場所じゃなくて一時的にしまう場所ですよ。大事だから失くさないようにしなきゃと思った時って、どこかにしまうじゃないですか」
「それでどこにやったかわからなくなったんだ? おまえらしいな」
ハハッと笑われて髪をクシャクシャにされた。
「もう! 笑い事じゃないんです。私、真剣に」
会社の正面玄関を出たところで、言葉も身体も固まってしまった。
ハルがじっと私を見ていたから。
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