雨が降った

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無くしてしまった。 『何か』を無くしてしまった。 英語にしたら『anything』、中国語で言ったら『某物』。しかしそれが『物』なのか『者』なのか分からない。もしかしたら何かしらの概念、『モノ』を無くしたのかも知れない。無くしたのか失くしたのか、亡くしたのかすら分からない。 分かることは、雨宿りする僕の目から雫が頬を伝ったことだ。 大学四年生の僕は追ってくる就職活動から逃げるように大学を出た。そして今、パンクした自転車を引いて潰れた本屋の屋根で雨宿りしている。 そんなに車通りの激しくない車道を数台の車が数分おきに通っていく。僕はそれを見ながら雨の勢いが弱まるのを待っていた。 その時ふと、『何か』を無くしたことに気付いたのだ。そして、泣いた。 これはその『何か』の名前を無くしたなんて頓知ではない。実際に今、僕は何かを失い、そしてそれを悲しんでいる。 雨の音が僕の聴力を孤独にする。雨の猛攻が僕の視界を独りぼっちにさせる。 パンクした自転車と僕しかいない雨の世界は、次第に車の姿も無くしていった。 これは、雨が止むまでのほんの些細な物語。主役は僕の、一時の忘れ話だ。
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