試し読み

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「部長、もう我慢できませんっ」 「部長、もう駄目なんです……」  二人は鼻息荒く言い放つ。  どちらも俺の大切な部下……だというのに、いったいどうしてこんなことになってしまったのだろうか。  女二人に争われる展開ならドラマや小説でいくらでも目にするが、どうして男女に言い寄られる破目に?  考えようにも心当たりがない以上、何をどう答えればいいのかも全くわからない。 「部長部長!いったいどっちにするんですか!?」 「僕と彼女、どっちが好きなんですか!?」 「勘弁してくれよ!」  妻に逃げられてから早十年、今まで以上に仕事に打ち込んできた。いや、当時だって大きなプロジェクトを控えており、会社のために自分のためにそして妻のためにとがむしゃらに働いたのに、結局それが妻にとっては“家庭を顧みない行為”だったようで、プロジェクトが成功して良い白ワインとベタに寿司と、上機嫌で帰ったら新居はすっからかん、机には離婚届と3カラットのダイヤの指輪。  残ったのは新居のローンとそれなりの地位。大恋愛して手に入れた妻を失った俺は仕事に没頭し、成功して、営業と開発事業部の部長というそれなりにいい地位を得た。そして、開発事業部の部長を任された今年、転機は受難と共にやってきた。 「部長、私部長のことが異性として好きなんです!」 「部長、僕部長のことが同性として好きなんです!」  前者は会社の誰しも憧れるであろう、開発事業部でこ のごろ頭角を現してきた有能な女社員・東海林(しょうじ)、後者は 営業部時代からの部下で引き抜きで開発事業部に入れた腹心の男社員・松原。 どちらも普段はとてもいい仕事ぶりで、美男美女、おそらく異性からは引く手あまたのモテぶりだ。  なのに、なぜだ。なぜか、二人は四十半ばの俺に惚れているという。  会社の屋上、強風吹き荒れるコンクリートジャングルで、右腕を男に左腕を女に取られて耳元ではずっと前から、異動してきたあの日からだの愛の告白をぶつけられることがもうずっと続いているだなんて。
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