試し読み

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 もしも仕事が原因で妻に逃げられた四十の男が、ある日突然二人の部下に言い寄られたと訴えれば、誰か信じてくれるだろうか。  そんな漫画みたいな展開があるかと笑われるかもしれない。  しかし実際こうして俺は今現実にあの二人に言い寄られて追い詰められているのだから、間違いないんだ、けして夢なんかじゃない。  ふうとため息をつくと、隣で昆布のおにぎりを取ろうとしていた女子大生から怪訝そうな目で見られた。  夜のコンビニは静かなようでどこか騒がしい、近くの大学に通っているであろう大学生、俺と同じようなサラリーマンが冷蔵棚の前で右往左往して遅くなった夕飯を何にしようかと考えあぐねている。  有線で流れている流行りの曲はわからないが、キャッチーなリズムが頭に流れ込んでくる、きっと家に帰ったらこの曲のメロディを口ずさむ俺がいるのだろう。  野菜をたくさん取った方がいいだろうか、手にとっていた広島風お好み焼きを棚に返し、代わりに三十品目とれると銘打ったスパサラダを持つ。  ダイエットしなくても、と今日もあの部下達に言われたばかりだが、若い奴らとは違って俺は食べた分だけ太るようになっているのだ。  ここのところあの二人に引っ張られて飲みに行っていたものだから、そろそろ体が悲鳴をあげている。  眠気覚ましのミントガムと先程のスパサラダを買い、俺は家へ向かい歩き出す。  ふと携帯を見ると、ランプがちかちかと光って新着メールを知らせている。  メール画面を開いてみると、見事にあの二人からメールがきていて、「今日の夕飯は何にしました?」とか「明日は部長のおすすめの店に連れて行ってください」とか他愛のない内容で、少し笑ってしまう。  少し前まではこんなメールがきたら「何なのこいつら……」と必要以上にフレンドリーなあいつらに引いていたものだが、慣れとは恐ろしい。  やはりあの日のことがなければ、こんなことにはならなかったんだろうな……、そこまで前の出来事でもないのに妙に昔のような気がしてしまう。  俺と、あの二人の奇妙な関係。  ただの上司と部下じゃない、俺たち。  昔のような気がすると言いつつも、あの時の事はやはり鮮明に思い出せるのだから、やはり気のせいなのかもしれない。
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