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恥ずかしさの余り、しゃがもうとした時。
「そのまま、動かないで!」
部長が発した鋭利な怒声が、千秋の脳髄に響いた。
どうする事も、出来ない自分。
無様な自分の姿を晒け出すしか無いのか、そう思っただけでも
膝がガクガクと震えている。
既に千秋の瞳から、大粒の涙が溢れ出て来ていた。
部室では何事も無かった様に、沈黙が覆い尽くす。
その後、大学を卒業するまで、二度とバイトのモデルをする事は無かった。
痛い思い出の筈なのに、今の自分がアラサーになってみると、
懐かしくもあり思わず笑みが漏れる。
「やっぱり私は、エムかしら」
快楽主義者、卑猥も猥褻も現実のものだ。
目を背けるよりも、その現実を直視したい。
快楽に対する芸術探求、千秋は日頃そう考えていた。
美佳が飲酒しているうちに、瞳が座って来ているし瞼が重い。
「美佳ちゃん、おうちは大丈夫?」
それとなく、千秋が訊いてみた。
「うん、大丈夫だよ。家にはママもいないから」
屈託無く答えたが、美佳は母子家庭で母親は看護師をしている。
夜勤も多く、朝まで帰宅する事は無い。
その為、寂しい時はよく千秋のマンションに来ていたのだ。
何故か、覚醒剤を打ったのに、中々ハイにならない。
いつの間にか、美佳が千秋のベッドの中に潜り込んでいる。
どうやら、もう寝ている様だ。
不思議に思いつつビニール袋をよく観てみると、白い粉は覚醒剤とは明らかに違う。
偽物を掴まされたのだろう、売人も女子高生の足元を見たのか?
恐らく当たりだろう、ハイテンションな妄想を観たのも一時的。
「最初はビックリしたけど、そんな事だろうと思ったわ!」
次第に猛烈な睡魔に襲われ、その場に熟睡してしまった。
翌朝、千秋が目を覚まさすと、既に美佳はいない。
母親が午前7時頃に帰宅する為、その前に戻るのが習慣になっていた。
千秋が腕時計を観ると、午前8時だ。
身体の中には、まだ薬物とアルコールが残っている様で、なんとなく気だるい。
窓のカーテンを全開、途端に強烈な朝陽が眼に飛び込んでくる。
テーブルの上に置かれていた電気ケトルが、沸騰点に達していた。
紙コップのインスタントコーヒーに、ケトルの湯を注ぎ一口啜ると、
身体中にカフェインが周る様だ。
「コンビニの味も、悪くないわ」
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