第1章

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檀家さんと一緒にカラオケに行く。 別に行きたくはない。 ただこれも夫の為の付き合いだ。 御住職の若い奥さん、坊守(ぼうぼり)さんが歌う。 そのことが大事なのだと美千代はわかっている。 いつも歌う曲がある。『京都慕情』だ。 あの日、連れていってくれたのも同じ檀家さん、大林さんの奥さんだ。 大林の奥さんが連れていってくれたちいさな芝居小屋。 綺麗な女形。おかしい。 和装なのにレースのような着物で茶髪の巻き髪で踊っている。 着物なんて全く着たことのないままこの寺に嫁いできて、 そこから必死に着物を学んだ美千代には信じられない。 目を丸くする美千代の目が更に丸くなる。 レースに巻き髪の綺麗な女形の舞台の前に行列を作って並ぶ客たち。 一万円札を懐に。一万円札の首飾りを首に。ケーキや食べ物を舞台に。 ここにもあるんだ、同じ世界が。 お金を渡す、物を渡す、そして、きっと、そのお金の意味は― 奥さんも、渡していた、 「大林には内緒にして下さいね。その分、御住職にもちゃんと…」。 結婚してもう3年目で、そんなことには慣れっこで、何も思わなくなっていた。 レースに巻き髪、一万円札をくっつけた男の子は、 美千代の夫が毎日拝んでいる菩薩様に似ていた。 「ええねえ。京都って感じやね」 あの時のことなんて忘れているのだろう。 大林の奥さんが美千代の歌う『京都慕情』に体を揺らしながら言う。 「若い坊守さん持ちはって御住職さんはしあわせやね」 大林さんが言う。 美千代はあれから何度かこっそり足を運んだ。 レースに巻き髪の菩薩様を観に。京都から、大阪へ。一人で。
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