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「文芸創作ほしのたねvol.6」より。 旧名義(しいたけ)の作品の冒頭文です。 ※二次創作をテーマに転生、同性愛の描写を含みますのでご注意ください。 ◎◎  1.大庭葉蔵  物心がついてからずっと、僕の家には誰もいなかった。  母親と父親は存在していた。でなければ僕が生まれる筈もない。ただ、その親というものがどんなものなのかを、僕は二十になっても知らずにいる。  幼い頃の記憶、それは僕がまだ五歳にも満たない頃。僕は体育館のようなところの前で一人立っていた。誰もいなかった。体育館の傍にある部屋は、普段まるで病院の受付のように窓が開いている筈なのに、そこもカーテンが閉められていた。それなのに辺りは明るい。葉は揺れ、空は真っ青な快晴。人を探してうろうろするも、いつもは騒がしい自分の教室にも誰もいなくて、鍵もかかっていなくて、僕はまた体育館の前まで戻る。僕の記憶はそこまで。そこからは早送りした波のような記憶があるだけで、しっかりと思い出せるのはその、体育館の前でぼうっとしている自分の姿だけなのだ。  十八になったとき、僕は大学進学の理由で一人暮らしを始めた。きっとそれまでは両親と共に暮らしていたのだろう。でも僕は本当に親に関することをほぼ覚えていないのだ。両親の顔は、もう忘れてしまった。親戚の話を聞けば、僕にとってはどちらも良い親だった、と。でも肝心の本人が覚えていないのだから意味がない。そう思うのは非情なのだろうか。かろうじて知っているのは名だけ。何故なら毎月、僕一人じゃ到底使い切れないだけの金額が、その名前で僕の銀行口座へと振り込まれているからだ。それ以外は、何も知らない。  僕が元々そういう奴だったのか、それとも何かの拍子にそうなってしまったのか、幼い僕を知る人はあまりに少なすぎた。  二十になった僕は、気づけばまた誰もいない家に一人立っている。僕は今日も手探りで自分を思い出しながら日々を送る。だからか、僕は頭の良い人と酒が好きだった。頭の良い人と話していれば自分も同じような存在になったと思えるし、酒を飲めば過去の悲惨さから逃れられた。幸か不幸か、僕は人に好かれるだけの顔の良さはあった。頭は良いのか悪いのか、ただ黙っていても相手は僕の顔を見つめて、触れて、唇を合わせることを好んだ。
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