はじまり

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パーカッションの軽快なリズムに呆れるほど賑やかなアコースティックギターが更に激しく曲を煽る。ギタリストは1人だが、まるでツインギターでもあるかのように、細やかなカッティングの変則的なリズムにベースラインまでも掻き鳴らしていた。 そこに落ち着いたトーンのハスキーなボーカルが、大海を往く鯨の如、荒れ狂う音の海を悠然と泳ぎ渡る。男性にしては高めの声だが、中性的なそれはストレートに心に沁み入る。 夜の帳が降りた公園。 広大な敷地のあちこちに、ダンスの練習をする者、スケートボードに興じる者、音楽を奏でる者の姿が、蒼白い街灯にちらほらと浮かび上がっている。 初夏のむっとした空気は太陽とともに沈むことなく、勢いを増す樹々の葉にねっとりと絡み付いている。 彼らの音楽にふと足を止めたのは彼女だけではなかった。仕事帰りのサラリーマン、カップル、学生風のグループ、犬を連れている人の姿もあり、ちょっとした人だかりになっていた。 しかしそこには違和感がある。 本来であればボーカルは観衆に向かって歌いかけるものだ。しかしこのハスキーなボーカリストは、まるでオーケストラの指揮者でもあるかのように、ずっと背中を向けて歌っている。 マイクも使用しておらず、アンプのボリュームはパーカッションと釣り合いがとれる程度に絞られている。その光景はまるで── (練習?) 曲に聴き入りながらも彼女は小さく首を捻った。
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