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約束
この日私は友人の瞳と渋谷の井の頭線連絡通路、岡本太郎作の巨大壁画の前で待ち合わせをしていた。
瞳とはネットで知り合い、もう3年もお互いを励まし合い、労ってきた仲だった。
とはいっても、顔も、本名も(たぶん)知らない。
そんなふたりがひょんなことから待ち合わせをすることになった。
もう絶版になって久しい少女マンガの名作を瞳が持っているというのだ。
貸してほしいと願うと、快く応じてくれた。
ネット社会が淋しい人間関係だなんていわれる昨今。私は本気で瞳に友情を感じていた。
このときまでは。
『待ち合わせ、みつけやすいように大き目の黒いハットかぶってくから』
最近交換したメアドに送れば。
『さすがお洒落さん。樹里ちゃん』
と返事が来た。
瞳も私の本名を知らない。
でも、きっと合えばお互い名乗るだろうし、本当の友達になれる気がした。
約束の時間まであと5分。
「樹里ちゃん?」
「ああ、うんそう」
瞳は5分遅刻してきた。何の連絡もなく。
5分で責めるのはかわいそうかと、そのことには触れなかった。
そして瞳は私が思っていた以上に若く可愛らしかった。
「じゃあ、渋谷でのおススメランチ、お店案内するね」
そう言ってフードのついたレインコートが高いヒールの足音に揺れながら歩いていた。
「じゃあ、これ、本」
瞳が綺麗な袋に入れて寄こした。大事にしてますって言われてる気がした。
「ありがとう。大事に読むね」
「うん」
可愛い笑顔だった。気を良くした私は、さぁここから。と会話を続ける。
「ねぇ。どの辺に住んでるの?」
「あはっ」
見事に笑って誤魔化された、プライバシー立ちいり過ぎたか。
「本名とか、聞いてもいい?」
「瞳でいいよー。樹里ちゃん」
「え、実家東京なの? ひとりぐらし? 若いよね、学生さん?」
「・・・・・」
「樹里ちゃん。この前まで夜のニュースでコメンテーターやってた自称ハーフの人知ってる?」
「うん。履歴詐称で降板になったって」
「私肩書きで見られるのいやなの。ウソついたって通っちゃうなら言わない方がいい、ウソよりはましだから」
肩書き?っていったいどんなエライ肩書き持ってんのよ。
湯気を立てたオムライスがふたつ、テーブルにならんだ。
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