第1章

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が、ふたりともみつめるだけで手を出そうとしない。 「・・・え? ウソよりまし? 何も言わないことが? 私にはどっちも同じに感じるよ」 「・・・・」 「・・・・」 しばし沈黙が流れた。 「違うよ樹里ちゃん。本当のことを言ったって、ウソを言ったって、たとえば学歴とかその場で証明できる人は少ないよね。留学歴とか、そういう意味では本当のことを言ったって、ウソかもしれない。ウソも本当も差はないんだよ」 「そんな。私はただ、瞳のホントの名前とか何処に住んでて、どんな暮らしをしてるのかって話をお互いにしたいだけなのに」 「べつにリアルにならなくたっていいじゃない。樹里ちゃんだって歳聞かれたくないでしょう?」 私は一瞬どきっとした。確かにもう40を過ぎている。でも瞳に聞かれるなら笑って答えたと思う。さっきまでの私なら・・・だけど。 「私たちは現実逃避の場所にネットを選んで、そこで出会った。私は瞳で、樹里ちゃんは樹里ちゃん、それでいいじゃない」 私たちはいつもネットで話すような差しさわりのない会話をしながら冷えたランチを食べた。 渋谷駅の改札で別れ、山手線に乗る。 いつもは立って乗る電車も、ぐったりと座席に座り込んだ。 ポタリ。 涙が次々溢れて膝に落ちた。周りの人はスマホに夢中で私のことなど気にも留めなかった。 大事なものをなくしてしまった。 心の中にあった「瞳」という大切な友人をなくしてしまった。 きっと瞳との関係は続くだろう。 でもそれはネット上のきれいごとでしかないのだ。
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