7人が本棚に入れています
本棚に追加
僕が家庭教師した時の文月家は豪邸で、
とてもこんなボロアパートに引っ越す理由が思いつかなかったからである。
「ここって、真優ちゃんの高校からかなり遠いですよね?通学は大丈夫なんですか?」
「ちょっと家庭の事情でしばらく引っ越すことになりましたの。学校も休学させております。
まさか先生がいらっしゃるとは思いませんでしたけれど、またこの子と仲良くしてあげて下さいね」
奥さんはにこやかな表情で言った。
その表情が“これ以上は踏み込んでくるな”という圧力にも取れて、思わず僕は黙りこんでしまう。
「先生、久しぶり~
もう遅いけど今からカフェにでも行きません?時間は有限だから」
真優ちゃんが出会ったころと何一つ変わらない元気な声で言う。
彼女の元気な声を聞くと、何だか一番楽しかった時期を思い出して、
心だけが少し大学生に戻れた気がした。
「ふふっ、連れて行ってあげてくださいな。
偶然、先生に会えたのがこの子にとっては嬉しいみたい」
“偶然”という言葉をすごく強調した奥さんに違和感を覚えながらも、
僕はキツネにつままれるような気持ちで、出かける準備をしたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!