文月家の入居

4/7
前へ
/37ページ
次へ
僕が家庭教師した時の文月家は豪邸で、 とてもこんなボロアパートに引っ越す理由が思いつかなかったからである。 「ここって、真優ちゃんの高校からかなり遠いですよね?通学は大丈夫なんですか?」 「ちょっと家庭の事情でしばらく引っ越すことになりましたの。学校も休学させております。 まさか先生がいらっしゃるとは思いませんでしたけれど、またこの子と仲良くしてあげて下さいね」 奥さんはにこやかな表情で言った。 その表情が“これ以上は踏み込んでくるな”という圧力にも取れて、思わず僕は黙りこんでしまう。 「先生、久しぶり~ もう遅いけど今からカフェにでも行きません?時間は有限だから」 真優ちゃんが出会ったころと何一つ変わらない元気な声で言う。 彼女の元気な声を聞くと、何だか一番楽しかった時期を思い出して、 心だけが少し大学生に戻れた気がした。 「ふふっ、連れて行ってあげてくださいな。 偶然、先生に会えたのがこの子にとっては嬉しいみたい」 “偶然”という言葉をすごく強調した奥さんに違和感を覚えながらも、 僕はキツネにつままれるような気持ちで、出かける準備をしたのだった。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加