第1章

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 数日後。猿はいつものように一番に教室に入り、放課後までずっと一人考え事をしていました。 ここ数日間蟹が学校に来ないのはもしかしたら自分のせいなのではないだろうか。記憶を消すために頭を狙ったから、ほんとに記憶喪失とかになっていたらどうしよう。記憶以外にも何か飛んでいたら。頭がやられたせいで足が動かなくなってしまっていりなんかしたらどうしよう。 何かが起こっていたりしたところで何もできないが、考えてしまうのは多少なりとも罪悪感があるからだ。と、私は猿の事を信じています。 「おい、これ」  クラスメイトの一人がスマホを見ている。彼は村で毎年餅つきをしている家の息子で、最近は手伝いもしているので、敬意を表して臼と呼ばれています。私も彼に敬意を表して臼と呼びましょう。 「これは……蟹のやつじゃないか。あいつ、何があった」  臼のスマホを覗き込んだ彼は、鋭い瞳で何人もの女を落としてきた非道な男です。近づいたら傷つく刃物みたいだという事で蜂と呼ばれています。分かりやすく私も蜂と呼びましょう。 「柿の木に感動して倒れたんだって蟹の親が言ってたぞ」  蜂の後ろからにょきっと生えたのは、友達には甘いのに人見知りで他人には冷たいので、臼と蜂には栗と呼ばれています。ややこしいので私も彼を栗と呼びましょう。クラスのみんなはだいたい名前で呼んでいますが、名前とは個人を特定するためのものであって、個人を特定できるのなら何でもいいのです。どうせクラスのみんなも心の中では栗と呼んでいる事でしょう。 「柿の木?何のことだ?」  ここ数か月、蟹の家になど行っていない臼は何のことか分からずに栗に聞きます。
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