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人ってこんなにも手の平返したように冷たくなるのか。
この人は何も知らないからわたしに優しくしてくれた、そんな事分かっている。
でも、縋らずにはいられなかった。
これから、わたしが今まだいる筈だったミュンヘンに旅立つこの人に。
傘に打ち付ける雨音が、少しだけ静かになった気がした時、スッと伸びた手が、わたしの頬を優しく拭ってくれた。
「辛い時期は、ずっとは続かねえさ。
俺はそう信じている。
出口のないトンネルはねえだろ。
それと同じで、終わらない冬はねーし、春は必ず来る。
今を必死に生きるんだ。
そうすれば、きっと、何かを見つけられる」
あどけなさが残る顔なのに、その口から零れる言葉は大人のよう。
何となく、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
あなたも、何か抱えているの?
そう思った時、彼はクシャッと笑った。その笑顔にドキッとした。
「そうだ、こうしよう。
その傘、預かっててくれよ。
次に会う時まで」
「次に、会う時まで?」
前髪から伝う雨を、顔を振って払った彼は、「そう」と頷く。
「10年後の今日、ここで」
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