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第一部 照光
リースは予想外の人物の助けに呆気に取られていた。
「あなたは……ロメルネ料理店の?」
自分の目の前に長剣を片手に立っているのは間違いなく昨日夕食を食べたロメルネ料理店の店主その人だ。
「あー、昨日会った時はカミさんが空けてたから代理で店番してただけなんだよ。まぁ、戦う店主ってのも面白い肩書きだと思うけどな。」
冗談を言って彼はけらけらと笑う。
その飄々とした態度は、先程まで戦いが繰り広げられた地に自分が立っていることを感じさせない。
これが強者の余裕というものなのだろうか?それともただの能天気か。
「おっと、自己紹介がまだだったな。俺はシルト・ロメルネ。この王都ゲシュテルンでギルド〈ヒルフェ・シュトラール〉のマスターをやってる。お前さんは?」
自己紹介を求められて自分には殆ど紹介する身分がない事に気付く。
「僕はリース。魔物をこの世界から消す為に旅をしてます。」
「……?」
旅の目的はともかく、待っても姓を名乗らないリースにシルトが眉をひそめる。
「名だけか?お前さん、姓はねぇのか?」
当然の反応だろう。
アスタルテが何か架空の身分を囁いてくれるかとも期待したが、彼女は何も言わない。
少しだけ、役者になるしかないだろう。
「物心つく前に故郷を魔物に襲撃されて知りうる限りの血縁者は皆死にました。襲撃以前の記憶は……思い出せません。」
「そうか、生活に困ってたりはしねぇか?うちならお前さんを置いてやれるだけの余裕はあるぞ。」
「えっ」
その誘いは現状ホテル住まいの身としては非常に魅力的だった。
だが、魔物が様々な形で経済的に圧迫し続けてくるこの世界で赤の他人に養ってもらうのは気が引ける。金だけなら十二分にあるので、ホテルでも住所等多少の面倒こそあれ生きて行けなくもない。
それに、文字通り自分はこれから何処へ向かうのか知れない身なのだ。
「すみません、これから何処へ向かうかも判然としないのでお気持ちだけ……」
「なんだ、そんな事みんな同じだぞ。依頼さえあれば場所なんて関係なく向かう。ギルドも家も帰る場所だ。何ヶ月も掛けて仕事してきた奴も少なくねぇ。
依頼は別にゲシュテルンの住民からだけじゃねぇし、わざわざ他の領から来る奴だっている。こないだは隣の国から依頼に来た奴も居たしな。」
「他の国から……!?」
ヒルフェ・シュトラールは想像以上の力を持っているようだ。
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