第一章 終止符

3/6
前へ
/105ページ
次へ
夢中になれる何かがある。 当たり前に思うかもしれないけれど、それは僕にとっては生き甲斐そのものだった。 でも、神様は本当に僕が気に入らないらしい。 高校に上がって初めての試合で僕は対戦相手は足をもつれさせて倒れ込んできた。そしてその時に、反射的に踏み留まろうとした事でアキレス腱を断裂してしまった。 後日、担当の医師に 「日常生活に支障が無くなるまでには回復しますが、今後は激しい運動は諦めた方が賢明でしょう。」 と言われた時の絶望は今でも忘れない。 剣道を失い、今度こそ自分を必要としてくれる者は思い浮かばなくなった。 それ以来三年間、不登校になる勇気も自殺する勇気も無く抜け殻の様に勉強に打ち込んだ結果僕の学力は名門校への切符を掴むまでになった。 物思いに耽りながら少年は学校から駅までの道を歩く。いつもよりも一本早い電車に乗れるかもしれないと彼がふと思った時、それは起こった。 少年は他の者よりも早く異変に気付いていた。 初めは周りが何も感じていないようだったし気のせいかと思った。 しかし、視線を上げて察知した異変がやはり間違いでは無かったことに気づく。 (しな)っているのだ。全てが。 遠くの背の高いマンションも、目の前の駅ビルも街灯も。 これは――あまりにも大きい横揺れだ。 周りが揺れに気づき始めた頃、ようやくスマートフォンのエリアメールがけたたましく鳴り響いた。そしてその警報音を皮切りに辺りはパニックに陥った。 「かなり大きい……!」 周りを見回すとパニックを起こした一人のサラリーマンが絶叫し駅へ駆け出すのが見えた。 それを見て怯えた女性が数人、同じ様に悲鳴を上げながら後を追う。 そこからはまさに負の連鎖だ。 人の波はその勢いを瞬く間に増していく。普段の彼らならある程度の常識と防災の知識はあるのだろうが、今の彼らにはもはや自身の行動を客観的に見られる理性など無い。 冷静さを保った者でさえ彼らに轢かれないために必死だ。 人は普段経験し得ない恐怖に直面するとここまで冷静さを欠くのか。 今もなお揺れ続ける大地よりも背後から迫ってくる人の波に恐怖した。 なんとか我に返りすぐさま近くの横道に逃れる。 目の前を人の波が過ぎ去ってゆく。
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加