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女性の甲高い悲鳴と男性の怒号が入り交じった轟音も同時に押し寄せてくる。時々声にならない悲鳴のようなものが聞こえてくる。
彼らがどうなったのか、想像したくもなかった。
目の前の大通りを通るのは無理だと判断し、揺れが収まるのを待ち、別の道からひとまず学校に引き返すことにする。
しばらく歩き学校が正面に見え、胸を撫で下ろす。
しかしその安心もつかの間だった。
またしても余震が大地を揺らす。やはり大きい横揺れだ。
近くの壁に捕まってやり過ごしてまた歩き出そう。そんな事を考えられるくらいには少年は冷静さを取り戻していた。
そして、冷静だったからこそ気付くことが出来た。
聞こえたのはきぃきぃと軋む金属音。
そして目の前には自分と同じように屈み込んでいる自分と同じ高校の制服の少女の背中。
その頭上、ビルの六階の看板が二度目の負荷に耐え切れず壁面から外れようとしている。真下の少女は地震に怯えていてそれに気付く様子は見られない。
このままじゃ――
「立って!立つんだ!!」
少年が声を振り絞ると少女は振り返り、少年を捉えると戸惑いながらもなんとか立ち上がった。
それでもなお頭上の看板には気付かない。
遂に、耐えきれなくなった看板がビルの壁面から外れ少女を襲う。
そこからは考えなどない、殆ど反射的な行動だった。
膝立ちだった体勢からクラウチングスタートの要領で足を蹴り出す。
少女との距離は十五メートル弱、間に合うかは五分と五分。
かつて靭帯を損傷してから、今日まで走ったことなど一度もなかった。
その上、人の命の掛かった全力疾走だ。
右の足首だけでなく、長らく怠けてきた太腿の筋肉も悲鳴を上げている。
少女まであと二メートル程の距離に達した時、彼の傷ついた足首は遂に限界を迎えた。
剣道の道が絶たれたあの日からもぬけの殻となっていた心に満ちる、初めて覚えた感情。
それは少年を激しく鼓舞する。
せめて今くらいは……僕の言うことを聞け!!
少年はバランスを崩しつつも左足を踏ん張り――
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