その1

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 警視庁鑑識課の隈上は厄介な仕事を押しつけられたと思っていた。当初、依頼された内容を知った時、ギョッとしたぐらいだ。いくら、鑑識課といっても、犯罪捜査に関わる証拠品を捜し出す専門家であって、修繕、修復に長けた職人ではない。ある重要な事件に関わることだからといわれ、仕事の合間をぬって復元作業に乗り出した。とはいえ、常識的に考えても無茶な依頼である。  百年以上も前の写真。それも半ば雨風に晒されていたかもしれない代物に写っているモノを復元しろという依頼だ。包装され送られてきたものを見た時、写真の銀がほとんど飛んでおり薄茶色の輪郭が見えるぐらいにしか像を留めていない。写真が写真として、残っているだけでも奇跡的で貴重だというのに、そこから元の像を引き出せという。プロの職人でも難しい仕事である。  三日三晩寝ずにコーヒー味のガムを噛みながら眠気を覚まして復元作業に没頭する。それも、本来の鑑識としての仕事を含めてだ。写真の表面に僅かに残っていた成分を拾い上げ、その残された成分の量から濃淡を推測し、輪郭をより鮮明に浮かび上がらる。雨風に晒されている可能性があったので、デジタルをかけ濃淡をより細かく調整し形を整えていく。カラーという依頼ではなかったのは不幸中の幸いだっただろう。白黒写真をカラーにする技術はあるが、それは状態がいいモノの限る。雨風に晒され、処理をかけてやっと一つの写真として仕上がったモノをカラーに起こすとなると、さらに手間がかかってします。復元した画像は、パソコンにデータとして保存し、これを指定された人物にメールで送信すれば事は終わりだ。  百年以上も昔の写真が、現在、何の事件にどのように関わっているのか隈上は知らない。それよりも、まずは眠りたかった。眠くて眠くて仕方がなかった。 (そういえば、写真に写っていた“店”・・・)  どこかで見たことあるような。旅行雑誌の隅に載っていたような。もっとも、そんな疑問はどうでもよかった。百年以上も前に建てられた建物が、現在の旅行雑誌に載っていようと、それは単に老舗というだけのことだから。
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