第1章

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 野獣先生と菜箸お玉さんとの最初の出会いは、お玉さんのお母さ んが、ひどい腰痛と足の痛みに悩んでいて、近くの整形外科の病院 を転々とし、最後に辿り着いたのが野獣先生の猪熊整骨院であった ことだ。  これまではどこの病院に行っても「加齢です」「偏平足だから仕 方がありませんね」「どうしてもとあれば注射しましょう」と、匙 を投げられるだけの診察で、効果的な治療が行われてこなかったこ とから、最後の神頼みで野獣先生を頼ったのであった。  お玉さんは、当初、わざわざ遠い葉山町から足腰の悪い母親を連 れて来たのに、こんな口の悪い態度も悪い医者にかかることはない と、憤慨して帰ろうとしたのだが、母親が藁にも縋る思いだったこ とから、じっと耐えていると、治療中の母親の顔から後光が差した ような笑みがこぼれ、また、患者が喜んでいることに満足した先生 がニッコリ笑う光景を見ていたら、先程までの怒りがスッと収まっ てしまったのである。  そして治療費を払って帰ろうとした時に、 「ソフトボールをやっていた小峰恭子さんでしょう。僕は貴方の熱 烈なフアンだったんですよ」  と唐突に言ったのである。しかも照れくさそうに。 「僕はあなたが高校時代にソフトをやっている時、同じ市内の私立 高校の柔道部にいたので、自分の練習をサボってよく貴方の練習や 試合を見にいったものですよ。相変わらず綺麗ですね」  お世辞だと思いつつも赤面するお玉さんであった。  その後は、母親がまた診てもらいたいと言う度に、何度か一緒に 連れだって来ては、世間話をしていたものであるが、ある時、子供 が一緒でもいいから食事でもしたいと誘われたのである。お玉さん は、その時初めて野獣先生が独身であることを知ったのであった。  また自分が離婚して戻ってきていることは、風の便りで知ってい たと言った。あくまで風の便りでとお茶を濁されてしまったが、そ もそも知っていたことに驚かれたものだった。  野獣先生は一生独身でいようとしたわけではないらしい。結婚を 約束した女性と同棲して暮らしていたが、病院の医師でもない柔道 整復師の収入では、娘を嫁にやるわけにはいかないと彼女の両親か ら猛反対されてしまい、それならば、矢切の渡しを連れて逃げるつ もりで彼女の意向を聞いたところ、両親に祝福されない結婚は出来 ないと言われ、両親の元に帰ってしまったとのことである。以来、
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