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第3章 意外な真実
「父さん、帰ったよ」
いつも愛想のない父親真一郎はただ一言、
「おお」
心配性の桂子は、
「勝次、逗子へ行ってから何かあったの? 元気ないね」
無言で部屋に戻る勝次。
逗子でのことが気になり、ベッドに横になり思いにふけている。
(結局、俺は何しに逗子へ行ったわけ? 千尋さんとは会えたけど、なぜか虚しいんだよな)
小腹が空いた勝次は桂子のいる台所へ。
「あ―― 腹減った」
桂子すかさず、
「勝次さ―― お前、やっぱ、いつもと違う……」
親の直感というものは鋭いものだ。微妙な変化も逃さずに捉えてしまう。ここで何か話さなければ埒が明かない。
「かあさん、あのさ―― 俺の名前って、逗子のボート遭難の江島勝次さんと同じなんだよな」
それを聞いた桂子は顔色が変わる。
「も、もしかしてそれが原因?」
「ごめん、勝次。別に隠すつもりはなかったんだけど、その名前をつけたのにはわけがあるのよ」
勝次の表情が少し強張って、
「えっ? 何でそんなに慌てるの? それってどういうこと?」
桂子が話を続ける。
「お父さんはお祖父さん思いだということは知ってるでしょ? そのお祖父さんのお父さんのお父さんにあたる高祖父が、実は江島勝次の一番下の弟なの」
「だから高祖父はボート遭難でお兄さんを2人亡くしていたの。高祖父だけボートに乗らなかったから助かったのよ」
あまりにも意外な事実に、勝次は空腹であることも忘れ、ただ呆然としている。
桂子は更に話を続ける。
「お祖父さんから勝次兄弟の事を聞いて、お父さんもたまらなかったみたい」
勝次は我に返り、尋ねる。
「でもなんで俺の名前がその勝次に?」
桂子は父親の気持ちを代弁するかのように話を続ける。
「亡くなった2人の名前を自分の子供に託して、2人の分まで有意義に人生を送ってもらいたいと思ってね。だから弟の名前も同じ憲次なの」
(はっ、そういえば俺の名前だけじゃない。ボート遭難の弟も憲次だった……)
勝次は思わずハッとする。
「そんなことって……」
(俺と千尋さんとは繋がっていたんだ)
「俺、部屋に戻って頭冷やしてくる」
そう桂子に言って部屋に戻っていった。
勝次はしばらくその事実を受け入れられず、部屋に閉じこもったままになる。
数日、江島家には何もない平穏な日が続いた。しかし、勝次にとっては葛藤の毎日であった。
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