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迷子の賢治は、助っ人の勝次がいるせいか安心して、他人事のようにウィンドーショッピングに興じている。
(あ―― これじゃ先が思いやられるわ)
そんな時、
「あっ、しんいちにいちゃーん!」
「賢治のばか、ちゃんと俺について来ないとだめだろ!」
勝次はホッとした面持ちで、
「君がけんじ君のお兄ちゃんか。目を離しちゃだめだよ」
うなずく兄。
「じゃ、おじちゃんはこれから逗子へ行くからね。バイバイ!」
勝次は2人に手を振る。
時刻を見るとすでに午後4時半になっていた。勝次は京急線乗り場へと急いだ。
(やばい、完全に遅刻だよ)
幸いにも羽田空港からは新逗子駅まで急行電車が走っている。それだけでも、初めて逗子へ行く勝次には心強かった。
新逗子行きの列車に乗り込む勝次。
金沢八景駅あたりに来ると、三浦半島の海辺の町の雰囲気が感じられる。勝次は自分の住む長崎とどこか似ているなと思った。
金沢八景の本線から逗子線に入ってから風景はガラッと変わり、山の多いのどかな町並みとなった。
終点の新逗子駅に電車が着くと、猛ダッシュで改札口を駆け出る。その時に急ぐあまり、見知らぬ女性とぶつかってしまう。
勝次、慌てて、
「どうもすみません。怪我はありませんでしたか。大丈夫ですか?」
その女性は、
「ええ、大丈夫です。」
勝次は女性に一礼をしてから、市役所へ走った。
市役所は電気が消え、入り口には黄色いチューリップが一輪置かれていた。
「あっ 」
その時「真白き富士の根」のオルゴール時報が鳴るが、勝次はそれが何のメロディーか知る由もない。
(時報?)
思わず腕時計に目をやる。
「もう6時だったのか――」
勝次は両手で頭を抱える。
(電話番号も住所も知らないのに、どうすればいいんだ!)
しばらく頭の中が真っ白になっていたが、我を取り戻し、置いてあった黄色い チューリップを拾い上げ、コートの内ポケットに入れた。
(行くあてもないし、ホテルも予約していないし、今日は野宿だな)
(確かボート遭難の碑が稲村が崎にあったな。行ってみようか)
稲村が崎に着くと、そこにはボート遭難の勝次と弟の像があった。勝次はその弟と自分の弟憲次を重ね合わせ、一人涙した。
翌日の1月20日午後2時50分。
今度こそ千尋に会えることを期待して市役所に向かうが、腕時計のカレンダーを見て絶望的になる。
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