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「謙遜しなくていいですよ。それと、夜鶴さん。私の選挙の時にはボディガードのノウハウとシークレットサービスを雇って警護を強化しますが、夜鶴さんにもお願いします」
「ああ……」
夜鶴は満面の笑みを見せた。
それは、幸せな顔でも好戦的な顔でもあった。
僕にもそんな顔をする時があるのだろうか……。
僕は車窓から外を眺めていると、いつの間にか九尾の狐と原田の言葉を思い出していた。
確か、僕の家の近くで晴美さんが何かをするんだったっけ。あ、そうか。これから選挙戦だ。でも、何か腑に落ちないものが僕の心にあった。それは、胸騒ぎだった……。
車は高速道路を降りてA区の中へと入った。
周辺が荒廃した様相から、牧歌的な風景へと変わった。通り過ぎる人々はC区との戦争の爪痕のためか、どこか緊張していてそして寂しげだった。
「もうそろそろです。山下さんは那珂湊商店街の5番アーチにいるそうです」
黒服がそう言うと、那珂湊商店街の花柄のアーチ。入り口が見えてきた。
ベンツは下り坂を降りだした。
那珂湊商店街に入ると、通行人も笑顔が薄れている感じがする。
黒のベンツ数台が道端の砂利の駐車場へと停める。
数人の黒服と晴美さん。夜鶴と僕は5番アーチへと歩いて行った。3番アーチの場所は未だボロボロになっていて、所々にブルーシートが覆い被さっている。僕が通り過ぎると滅茶苦茶の店内の喫茶店のマスターがこちらに向かって、「大丈夫だ」といわんばかりにニッコリと笑ってくれた。
「ここらへんにいるはず」
腰のコルトに手を当て辺りを警戒している夜鶴も知っていた。
山下が居る場所と彼が働いている場所を。
「あ、山下さんだ」
夜鶴は三件先の電気屋のショーウインドーの前に、山下がガラスを一生懸命拭いているところを発見した。
「山下さん!」
晴美さんが元気よく山下の元へと駆けだしていた。
「藤元さんが今どこにいるのか解りますか?」
山下はニッコリとしているが、急に気を引き締めた顔になりだした。
「今言えるのは、藤元さんはもう少し安全になったら来ます……だそうです」
山下は3年前の日本全土を左右した野球の試合から、義理で藤元の信者になったのだ。淀川と広瀬もそう。義理で形だけの入信をしたのだ。
「……? 悪いが僕たちは急いでいるんだが」
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