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それから彼女の住み家に引っ越すまでは早かった。陽一郎が手早く引っ越し業者を手配し、初対面から一週間後に業者が現れたからだ。
終わった頃を見計らってマンションの一室へ入ると芳香剤は見当たらないのに良い香りが漂い、個室から住人が姿をみせた。顔のパーツは初対面と変わらないが表情は芳しくなく、歩く姿もふらついているように見える。
「そっ、そこでいいです、僕が行きますからっ」
手荷物はないので素早く動け、彼女の体を支えながら入ったのは真四角のリビングとこじんまりしたキッチン。トイレとバスルームは彼女を支え始めた辺りにあるようだ。
リビングで視界に入った面積の広いソファーに座らせ、コップの在りかや冷蔵庫の中を見ていいかの許可を取って、ホットミルクをソファー前のローテーブルに。
締切が三つも重なり、食事や睡眠をろくに取らなかったと聞いて冷蔵庫の中身を思い出した。入っていたのはミネラルウォーターや牛乳などの水分だけで固形物は入っておらず、執筆を効率よく進める為に出前しか取らないのだとか。
これじゃあ家政婦を募集するわな、と合点がいった光が最初に取りかかったのは食事。平日は保育の仕事で時間が取れないので週末にまとめて作るしかなく、先ずは消化の良いもの。口に合うようなら少し固めの、その次に通常のおかずを食べてもらう。
「どうだ光、美人とのウッフンアッハンな同居生活は」
ある週末の夜のこと。このメールを受けたとき彼女が近くにいたので、電話ではなくメールで本当に良かった。
まずまずです、と返信すると、「変な気を起こすなよ、彼女は大事な人なんだから」と意味深な返信。
二人の年齢差や性格を考えるとそんな風には見えないけれど……と明莉を見据える黒目はとても動揺しているが、当の本人はホットミルクを時間をかけて飲み干し、流し台に置いたあと自室へと戻っていく。
毎晩これの繰り返しで、管理人さん曰く日中も出掛けることはほぼないらしく、ますます二人の仲が判らない光であった。
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