第一章

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肺癌を患っても煙草をやめて長生きするくらいなら、吸ったまま逝きたい、と言う人に似ているのかもしれない。この話を続けて死ねるなら本望だと、暗に彼女は言っているような錯覚に襲われていた。 しかし本当に苦しいようで、今日、彼女は話の続きを口にすることはできなかった。 彼女の元に来ることは、業務上だけではなくなっていた。身寄りももうなく、ひとり暮らしの彼女は介護施設への入居をずっと勧められていた。けれど、彼女はそれを拒んだ。理由など聞くまでもない。手に取るように分かる彼女の思いを、無下にはできなかった。 訪問介護の職に就いて、彼女の担当を最初に受け持ったとき、私はちがう場所に住んでいた。けれど、いつの間にか彼女に感化されて、ほかに趣味もなかった私は、勝手に、彼女の隣りに越してきたのだった。私の空いた時間を彼女のそばにいることに使うのは、彼女さえ了承してくれれば問題はないのだ。ご近所さんが遊びに来ているだけなのだから。 毎日、繰り返し、繰り返される二人の物語は、いつしか私が自分と向き合うためのものになっていた。 離れてしまった彼を想って、今、自分に何ができるのか。 「彼ともどるために、私は、一人でまず生きられるようにならないと、って思ったのよね。孤立するんではなくて、周りとちゃんと共存しながら。彼だけが世界のすべてではないことを、受け入れる作業だったの」 また別の日、彼女はいつもと同じように出会いから話し出した。今日は、この間よりも体調がいいらしい。 「大学を卒業して、カメラマンのアシスタントをさせていただけるようになったの。こう見えても、私、自分で個展を出したこともあるのよ」 少し自慢げに、彼女はそう言った。芸術方面に意識が向いたきっかけも、やはり旦那さんのようだった。たぶん彼女は生きる上で必要な力のほとんどを、彼から影響を受けて見つけてきたのだろう。彼が基盤をつくって、そこに寄り添うかたちで歩く術を身につけた人。 今の私から見たら、眩しくて羨ましくて、妬ましかった。
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