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彼との記憶を振り返るとき、私はいつもどこかで立ち止まっていた。
このままじゃいけない。
今の私では、同じことが繰り返される。
そう思うたび、地団太を踏んだ。だって、答えなんて誰も知らないから。私だけでなく、彼も自分を省(かえり)みない限り、どうあがいても彼の元へは帰れないことは分かっていた。
それでも、月日が流れるごとに、冷静になっていく自分がいた。そうなればなるほど、強く思うことがあった。
“私たちが、離れていられるわけがない”
それはたぶん、言葉で表現できるものではない気がした。彼の纏う空気がそうであったように、私の纏うものもある種の“独特さ”を孕(はら)んでいた。
きっと。もう、誰かほかの人とは共存できないように組み替えられた、別の生き物同士。それが一番いい例えかもしれない。ほかの誰かと、支え合えることもあるだろうけど、隣りで生きていくことはできないような。
おばあさんは、飽きもせずに繰り返す。
日を変えて、時間を重ねて、なんどもなんども。
彼と出会い、築き上げて、離れて、落ちて。
きっかけに出会って、立ち上がって、見つけて、戻って。
飽きることなんてないのだろう。繰り返していることにも気付いていない。
旦那が亡くなったことを受け入れてしまえば、あとは死ぬのを待つのみなのだ。彼女は、彼との思い出の中で生きてしまっている。それを救える人は、たぶんもういない。
私はきっとそんな彼女を、身寄りもなく思い出だけを語る彼女を、見守り、見送るためにいるのだろう。それは、義務感にも似たものだった。
「真面目で、誠実な人だったのよ。不器用で、口数も少なくて」
話し疲れたのか口をつぐんでいた彼女が、前触れなく零す。聞いたことのない、旦那さんの性格だった。
「ただ、私のことばかりを考えてくれていたの。絵を、描くのが好きな人でね。再会してからは、ずっと、私の絵ばかり描いていたわ。なにが嬉しいのか、周りの人と過ごす私の顔を、嬉しそうに描くのよ」
少し、声色に湿っぽさが混じった。幸福さと、切なさ。
「私は、彼を幸せにしてあげられたのかしら」
唐突に、彼女は泣き出した。もう何度も同じ話を聞いてきて、短いなりに濃密に接してきたけれど、彼女の涙を見たのは初めてだった。
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