第一章

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長い間、彼女は泣き続けた。気付けば、嗚咽はおさまっていき、寝息に変わっていた。 今日は、不思議な日だ。 いつも、ここに来ると時間が止まっているような気がしていた。それが、急に動き出したみたいに、何かが変わろうとしていた。 落ち着くまではと、彼女の手をずっと握っていた。眠っているのに、少し気掛かりで。穏やかな寝顔に少しだけ安堵の息をもらした。 「あら、眠ってしまったのね」 そう時間も経っていないうちに、彼女は目を覚ました。声がどこか掠れていた。 「おはようございます」 一応、声を掛けてみる。すると、おばあさんはこちらを向いて、ひどく優しい笑顔を見せた。 「いつも、ありがとう。あなたが居てくれると、なぜだか寂しくないのよ」 一瞬、ときが止まったかと思った。気付くと、私の目からはひとすじの涙が流れていた。それから、堰(せき)を切ったかのように止めどなく溢れては、こぼれた。 ほとんど毎日のように彼女の家を訪れるたび、同じ話を聞くたび、記憶がリセットされているように思っていた。もう、新しいことは彼女の記憶にほとんど残らないようで、だからこそ、彼女は思い出の中で生きていた。そう、思っていた。 そこに、私がいたようだった。 繰り返される、同じ話。そこに、登場することのなかった、私。 ときは、止まることもあるのだろうけれど、止まり続けることはないのかもしれない。今日、少しだけ前向きになれたこと。 彼女の話に彼との関係を重ねて、私もいつしか進み出すのだろう。ここに越してきて、彼女のお世話を始めたように。彼女の中に、自分を見つけたように。 彼と離れたことで、なくしたような気がしていたものたちを、ゆっくりゆっくり拾い集めて、新しく作り直す日々を。 歳をとったら、私も誰かに話したいと思う。 繰り返し、繰り返し。
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