第一章 未来にさよなら

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 三年男子100mのレースを終えた宗太郎が、茉莉花の元へと戻って来た。 「へぇ…… こんな未熟な身体でも、12秒を切れるのね。よいしょっと」  消えないざわめきの中、何事もなかったように木の根元、茉莉花の隣に腰を下ろす。 「ねぇ、あなたは…… 何者なの?」  恐る恐る、何かに怯えるように宗太郎に訊ねる茉莉花。 「は?僕が僕以外、何に見える?」 「あなたは…… アタシが知ってるソータなんかじゃない。あなたは…… 誰なの?」  大袈裟にひとつ、溜め息を()く宗太郎。混乱しているのは僕も一緒なのに…… 「茉莉花が知ってる僕?それってもしかして、大人しくて、青っちくて。ちっちゃい頃から茉莉花に金魚のフンみたいに付いて回ってて、よく泣かされてて。  茉莉花に感化されて中学に入ってから陸上競技の練習をするようになったけど、選手には選ばれないような弱っちい奴のこと?」 「そう…… それなのに、今のあなたは……」  宗太郎がさらに深い溜め息を()く。夢なら早く覚めてくれ…… 「幅跳びは何時から?まだ時間ある?」  黙って頷く茉莉花。  そして宗太郎は二日前の夜、弘行の部屋で眠りに就いたはずなのに、目覚めたらここにいたことを茉莉花に話し始めた。 「ふーん…… おかしな話ね」 「本当だよ…… いつまで続くんだ?この夢は」 「ねぇ、本当に夢なのかしら」  宗太郎の話を聞き、少し落ち着きを取り戻しつつある茉莉花。でも、茉莉花も宗太郎の夢の中の幻想でしかないのだけれど…… 「まぁ…… いつか覚めるでしょ。それまで、この状況を楽しんじゃおうかな」 「ソータって、高校に行っても陸上競技を続けてたの?」 「どうして?」 「だって。さっきのレースのフォームとか、凄く綺麗だったから。きっと、ちゃんとしたところでトレーニングをして来たんだろうなぁ…… って」 「なんでそうなるの?」 「ソータが言ったんじゃない。大学二年から来た、って。だから、ランニングフォームとかも、どこかで指導されて来たんでしょ」 「そっか…… そうだよな…… 」  夢とは言え、宗太郎が望んでいた状況がそこにはあった。  大学に入ってからの性格のまま、過去の自分の生活を送ることができているのである。  ただ、希望した高校時代ではなく中学時代に戻ってしまったのだが。
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