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弘行の部屋は徒歩で五分ほどの場所にある。宗太郎の部屋から店を介して、ちょうど直角の位置だ。
午後九時の少し前。再び店を訪れた宗太郎がスタッフ用の控え室のソファーに横たわっている。
やがて仕事を終えた弘行が鼻歌混じりで階段を上がって来た。機嫌が良いようである。
「どうした?宗太。なんかあったのか?」
ロッカーの前に立ち、制服を脱ぎながら弘行が言う。
奥の座敷になっている場所にいる宗太郎。弘行の位置からはソファーに横たわる足しか見えないものの、二階にいるのは宗太郎だけと把握しているからこその、この行動。
「んん…… ヒロちゃんちに行ってから話すよ」
プライベートでも仲の良いふたり。他に店の者がいない時には、お互いを「宗太」「ヒロ」と呼び合っている。
「お待たせ。行こうか」
着替えを終えた弘行が奥座敷に顔を出す。「待ってました」と言わんばかりにソファーから飛び起き、宗太郎は靴を履く。
*
途中にあるコンビニに立ち寄り、酒とツマミを購入してから、いつものように弘行の部屋へ入る。
青白く薄暗い間接照明を灯すと、そこはまるでちょっとイカしたバーのようだ。
とは言え、小さなキッチンの奥にはベッドとオーディオセットしかない、男性が一人暮らしをする、ごく普通の部屋なのだが。
弘行がキッチンに立っている間に宗太郎はベッドに座り、勝手にテレビを点ける。いつもここで見ているBSの音楽番組だ。
「で…… 何があったんだ?宗太」
テレビを見ながらくだらない談笑を続けるふたり。酔いもかなり回って来た頃、突然、弘行が宗太郎に訊ねた。
「僕ってさぁ…… ヒロちゃんから見たら、どんな奴?」
「どんなヤツって……」
鸚鵡返しの弘行。
「じゃあ、アルバイトとして、どう?」
「んん…… 明るくて、ハキハキしてて、動作も頭の回転も速いから、コイツにだったら任せられるな、って思うまでそんなに時間がかからなかった。頼りにできるヤツだよ。評価の分だけ時給、上げてやってるだろ?」
態度では理解しているものの。メント向かって言われると、やはりどこか恥ずかしい。
「じゃあ、プライベートでは?」
「俺は認めた奴しか、部屋に入れん!」
弘行の返答に、どこか焦点の合わない場所を見る宗太郎。
「どうしたんだよ、何があったんだよ」
すでにかなりの数のビールの空き缶が床に転がっている。
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