第一章 未来にさよなら

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 学生カバンを小脇に抱え、両手をズボンのポケットに入れてスタスタと早足で歩いて行く宗太郎。  数歩遅れて歩いている茉莉花は様子の違いに戸惑いを隠せないようである。 「…… 本番は明日なんだから、今日は調整。お風呂上がりに軽くストレッチくらいにしておいて」  茉莉花の発言がまったく理解できない宗太郎。 「だから、なんの話?」  先を歩いていた宗太郎が立ち止まって茉莉花を振り向くと、その勢いに茉莉花も立ち止まる。 「陸上競技大会よ。今年の春季大会、中学総体(インジュニ)予選の選手を決める、大切な校内の記録会じゃない。忘れちゃったの?ソータ、本当に大丈夫?」  あぁ、なるほど…… と、ようやく状況を把握する宗太郎。  幼少の頃より大人しい子であった宗太郎は、いつも男勝りな茉莉花のあとを追うようにして遊んでいた。  それが中学校に入学する頃になると、陸上競技に目覚めた茉莉花とともにトレーニングをするようになったのだ。  生徒数が少ない宗太郎達の中学校には陸上競技部がなく、春に適正の記録会を行い大会への出場選手を決めるのである。  茉莉花と宗太郎はどこの部活動にも所属せずに、この校内記録会に賭けているのである。そう、確か宗太郎がエントリーしている種目とは。 「100と高跳びだよな……」  茉莉花に背中を向け、再び中学校の方向へ歩き出す宗太郎。 「そうそう。ま、ソータには期待してないけどね」  茉莉花も宗太郎を追うように歩き出す。  その日一日、三年間通い続けた中学校で授業を受けた宗太郎。どうやら、中学三年生になったばかりの四月であるらしい。  午前中の授業が終わる頃であっただろうか。宗太郎の心にある疑問が浮かぶ。  この夢、妙にリアルだし、長すぎない?  結局、夢と思われる状況は覚めないまま授業を終えて帰宅し、夕飯を食べて風呂に入る。  茉莉花に言いつけられたからというわけでもないが、軽くストレッチを行い、そして床に就いた。 *  翌日。また何事もなかったように中学校へと登校する宗太郎。その日は一日、授業を潰しての陸上競技記録会である。  体操服姿の宗太郎と茉莉花は、いつも昼休みを過ごしている木陰に座っている。 「私は、まず幅跳びから。ソータは?」 「僕は100から。三年男子走高跳は一番最後だって…… 昼飯、食えないな」  茉莉花の疑問は晴れていない。それどころか、むしろ大きくなり続けている。
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